コロナ禍でいままで経験したことの無いような年の暮れです。緊急事態宣言が出る以前のことは、なんだか今年の事だったか去年の事だったかすら記憶が曖昧で…。皆様もくれぐれもお気を付けください。
大学ではオンライン授業のため、在宅で仕事をする日が多くなり、いままで通勤時間におこなっていた読書ができなくなり、結果として、あまり本が読めなくなるという逆説的な状態になりました。そんななかで読んで考えさせられたもの、印象に残ったものなどをランダムに挙げていきます。
お送りいただいたものでご紹介できないものもありますが、ご容赦ください。
関わらせていただいたものでは、恩師の編著であるこちらが。
また、兄弟子による外交文書の読み方を指南する本も刊行されました。あとがきの集中的な執筆の仕方を読んで、私にはマネできなかもしれない…と戦慄したことも記しておきます。
また、『日本思想史事典』も刊行されました。 私は「思想の流通と出版文化」という一項目を書かせていただいたのですが、従来の思想史から連想されるようなテーマだけでない幅広く社会史的なトピックも網羅しているのが、この事典の特徴なので、文化史などに興味がある人は必読かなと思います。
昨年来、歴史学関係では、歴史学者がやっていること、暗黙知を対象化して、いわゆる「みえる化」を推進しようといった趣の本が増えているような気がしていたのですが、おそらくそうした系譜の延長上にある東大連続講義『歴史学の思考法』も、興味深く拝見しました。
これが学生時代にあったらどれだけよかったろう、と思ったくらいですが、まさに2020年の研究の論点を、幅広く初学者に伝える内容になっていると思います。
近代日本研究では、『明治史研究の最前線』が出ました。拙稿も取り上げていただいて大変おどろくとともに、恐縮しました。
また、明治については『明治が歴史になったとき』がいくつ重要な点を整理し、取り上げているように思えました。とくに憲政資料室の話は、初めて知ったことが多々あって非常に刺激を受けたりして。学生時代『日本近代史学事始め』を初めて読んだときのことなどを思い出したりしていました。
新書も2020年は、豊作だったのではないかと思います。
私が聴いた範囲では、コロナで自宅にいる時間が多くなったから執筆が進んだという方もいらっしゃるようでしたが、それはともかく、まとまった執筆の時間が作られたことが、優れた成果の誕生に貢献したところがあるのかもしれません。
読んで勉強になったのは、『メディア論の名著30』。これは著者が、「読書人としての「私の履歴書」」と書いている通り、高校時代から始まって著者の研究の歩みに関わるエピソードが随所に挟まれ、佐藤メディア史が立ち上がっていく過程を追いかけていくようになっています。
図書館史にも役立つこと間違いなしですが、自分の勉強不足が急速に自覚されて、急遽これからちょっとずつノートを付けようという決意まで抱きました。
メディア史の成果としては『「勤労青年」の教養文化史』が、1960年代の勤労青年たちの知的教養に踏み込んでいました。これは、同じころ日図協で進められていた図書館運動とリンクさせながら読むとさらに面白くなるのでは?という期待もあります。
『世界哲学史』などのシリーズがちくま新書から出たのは、インパクトがありました。いままでの各国思想史にない切り口だからです。それぞれの地域の専門家たちが同時代の出来事を集めて書くという編集スタイルも興味深かったです。
例えば宇野『民主主義とは何か』では、ismでないのに「主義」と訳された「民主主義」の展開について、思想史上の系譜をわかりやすくひらいて説明してくれています。個人的には本筋と全然関係ないところで、そうか世が世なら社会主義に共感してたかもしれない反エリートの人が、社会主義に幻滅したからポピュリズムに行くことがありえるのか、という発見がありました。
中公新書だと『五・一五事件』『民衆暴力』『板垣退助』など力作が多数刊行されています。『民衆暴力』からは、記録を残さない(残せない)まま、歴史の彼方に忘却されそうな人々の声をどうやって救っていくか、ということも意図されているようで、いま、この時代だからこそ出さなければならないという著者の意志が感じられた気がしました。
ほかに、講談社現代新書でもいくつか。
なおこの小林、最新の論点を網羅しながら書かれていてすごく勉強になったのですが、さらに同書のあるトピックについて、今年刊行された『昭和陸軍と政治』が批判するなどしていて、軍事史研究の最前線がどんどん進んでいるのだな、と、感じました。
ほかに新書では白黒の写真をAIで彩色してくれるサービスがありました。この写真集は凄いなと思いました。
図書館史について、私が読んだ中では、これでしょうか。博士論文の書籍化で、戦前の日本の図書館の利用者のすがたを様々な資料を駆使して追いかけています。利用者から見る図書館という視点は、アメリカなどでは、すでに『生活の中の図書館』などで新聞記事などからある程度探求されているのですが、日本の場合は緒についたばかりという感じです。
あとはメディア史に直接関係するものとして、印刷博物館の『日本印刷文化史』もあげられますね。長いスパンで日本の印刷文化史を概観しています。
それと、今年本当に感銘を受けた本という意味では、たぶん『社会を知るためには』。「社会学者がいかなる「社会」イメージを持っているのか」という切り口から転回される議論がわかりやすかったです。ちくまプリマ―新書は今年とくに凄いんじゃないかと思った次第です。
ほかにも、村木さんの公務員の働き方についても、前職でのあれこれを思い出しつつ、静かに胸を動かされる思いをいだきながら読んでいました。
新しい部署に異動したとき、「役人の頭」になる前にその分野の本を読む努力をしていたくだりとか、大切なことだよなあと感じます。
村木さんが本に書かれていることの多くは、実は、歴博でやったジェンダー展のメッセージとも響き合うように思ったのです。
漫画では、『鬼滅の刃』が完結しましたね。映画もなんだかすごいことになっています。自分の親の世代が知っているというので、今までのアニメの枠を超えた気がします。
結局最終巻まで読んでしまいました。本誌連載時から描き加えられたページが、この物語の主旋律と個人的に思っている「継承」「受け継いでいくこと」をより際立たせているような感じになっていて、印象的でした。
出版史的にも注目すべきことなのかと。
漫画だと、読書×ヤンキーギャグマンガという、異色の組み合わせの『どくヤン!』もおかしかったです。読書家のこだわりって何かしら滑稽なところがありますよね。
Mr.childrenに関する長期取材をまとめた本が出たときもすぐに買って一気に読みました。ミスチルを愛する喜びに満ち溢れた本でした。桜井さんがボイトレに通い始めた話にびっくりしました。
年末にはギャラリーフェイクの35巻が出ていてほんとうにびっくりしました。
美術と言えば、『眼の神殿』の文庫化も驚きました。
2020年は、コロナ禍のなかでのオンライン授業に明け暮れた1年だったような気がします。
コロナで予定していた調査に行けなくなったこともありますが、今年は、歴史学者が史料を残し、それらと向き合うことの必要性と意味を、改めて感じた1年もあったように思います。
なので関西大の菊池氏のこの記事は、私は大きな共感と共に読みました。
公文書管理の問題も、コロナの記憶を将来にどう引き継いでいくかも、いま良ければとりあえず良いというたぐいの問題ではないように思えます。
オンライン授業になって一番戸惑ったのは、論文指導でした。メールやSlackでなんとかできるだろうと思いつつ、口頭で伝授していた方法(ショートカットキーやら、細かい添削の意図やら、校正記号の使いかたやら)を抜きで、いきなり修正原稿を学生とやりとりしても、なかなかうまくいかない。
レポートの書き方の授業でも、その辺をまた一から考え直す機会となりました。今年出たレポート指南の本では、以下にあげるものが優れていたと思います。
オンライン授業下でレポートや卒論を書くというところから、現役学生(立教の4年生)が自ら本を書いたというのもあって、「頼もしいな」と思うと同時に、こういう暗黙知の可視化は、私の中でも課題かなと思いました。WordやExcel、PowerPointのほか、オンライン授業の受け方まで書いてある実践的な書です。
大学で導入するっていうので慌ててTeamsの勉強もしましたね…。
オンライン授業だと勢いネット頼みになるのですが、丁寧に「調べ方を教える」ということも、 難しさを感じました。そのようななかで、図書館を活用した本がいくつか出たことは、大きなヒントになりました。
浜田著への私の書評はこちらを
その点、『実践 自分で調べる技術』は、Cinii以上に、とくにNDLサーチを強く推しているのが印象的でした。たしかに今の外部連携の状態なら著者の主張にも筋が通っているかな?と思ったりしたところです。
来年はどんな年になるのでしょうか。
やりたくてできなかったこと、つい忙しさを理由にサボってしまったこと、心残りを数え上げればキリもありませんが、自分にできることをやっていくしかないなと考えています。
時節柄、みなさまもくれぐれもご自愛のほど。そしてよいお年をお迎えください。