大学1年生に一読を勧める本のリスト

図書館を退職して大学教員になって、4か月が終わろうとしている。なんだかあっという間だったが、学生さんの顔を見ていると元気が出てくるもので、授業は上出来とはいえなかったかもしれないが、どうにかここまで来ることができた。

図書館勤めの経験を活かそうと思い、出来るだけ本を紹介しようとしていたら、1年生などから、おすすめの本を教えてほしいというリクエストがあったので、このリストをごく簡単にしたものを授業でも紹介したが、こちらには補足も兼ねて書いておく。あわよくば使いまわしたい。


「大学生」「本」「おすすめ」のキーワードでググってみると、たくさんのキュレーションサイトなどが見つかるが、現役学生が作ったのか、あるいは社会人が作ったのか、人文系のものよりも、ビジネス書や自己啓発系の本が多めなのが気になった。それも良いのだが、もうちょっと大学生のうちに、とくに人文系の人が腰を据えて挑む系のブックリストがあってもよいのではないか。とも思うのだった(昨今の大学生が例えば20年前と比べても非常に忙しい生活を強いられていることを知った上でなお。)。

自分が大学教員としてどの程度信頼されうるかにもよるが、情報過多の時代にあっては、身近な人が都度つくる個性的なブックリストが、専門分野により多少偏っていたとしても、有用なものになりうるという気がする。


最近出た、大澤聡さんの『教養主義リハビリテーション』は、良書なのだが、まだちょっと難しい気がする。脚注は丁寧についているが、学術書を読みなれていない1年生だと、まだ言葉になじめないのではないか。第4章のまとめは、4年間卒業まで人文系で行こうと思う人は一度読んでおいた方がいい文章だと思うけれど、太刀打ちできるようになるまではほかの本を読んで語彙や知識を蓄えたほうがいい。

教養主義のリハビリテーション (筑摩選書)

教養主義のリハビリテーション (筑摩選書)


以下、独断と偏見による1年生向けの本のリストである。読書好きな人はとっくに読んでいて面白みがないと言われそうでもあるが、これから試験が終わって夏休みに入る学生さんたちがこのなかの1つでも2つでも読んでくれるといいなという願いを込めつつ。


学問論

勉強の哲学 来たるべきバカのために

勉強の哲学 来たるべきバカのために

 大学で学ぶということの考え方について、千葉雅也『勉強の哲学』(文芸春秋社、2017年)では、大学での勉強で知っておいた方が気楽になるいくつかの心構えが説かれる。大学ってそもそも何なのかということについても、いくつか新書がある。

大学とは何か (岩波新書)

大学とは何か (岩波新書)

 何で勉強するのかということを少し古典から考えるとすれば、福沢諭吉学問のすすめ』とか、ウェーバーの『職業としての学問』(最近新訳が出た)を、読んでみるのもアリだと思う。

学問のすゝめ (岩波文庫)

学問のすゝめ (岩波文庫)

職業としての学問 (岩波文庫)

職業としての学問 (岩波文庫)


読書論

 千葉さんが取り上げている本で、読書に関するものとしては『読んでいない本について堂々と語る方法』も、教養についての考え方を広げてくれると思う。

 読書については、ほかに永江朗『本を読むということ』(河出文庫)がある。

 永江さんの読書方法、おそらく全部真似するのは多分無理だと思うが、とっつきやすい読書術の参考として、自分もやってみようかなという手法は取り入れていくといいのではないだろうか。

 読書術に関しては『本を読む本』や加藤周一の『読書術』など、挙げていくときりがない。松岡正剛佐藤優の対談本『読む力』なんていうのもある。

読書術 (岩波現代文庫)

読書術 (岩波現代文庫)

 読んだ本を何らかの形で記録に残しておくというのも良い方法である。本は、必然的にたくさん読んでいくことに迫られるが、そうすると絶対に前の内容を忘れるものである。色々なやり方があるが、カードに書くのならば梅棹忠夫『知的生産の技術』とか、『読書は一冊のノートにまとめなさい』、あと佐藤優の『読書の技法』などがあろうか。

知的生産の技術 (岩波新書)

知的生産の技術 (岩波新書)

読書は1冊のノートにまとめなさい[完全版]

読書は1冊のノートにまとめなさい[完全版]

読書の技法 誰でも本物の知識が身につく熟読術・速読術「超」入門

読書の技法 誰でも本物の知識が身につく熟読術・速読術「超」入門

 ただ、読むことの玄人というべき人たちの本の読み方は、ハッキリ言って、物書きになるつもりでもなければ参考にはならないと思う。「ここまでやらないといけないのか」では、読書のモチベーションが削がれてしまうので、「こんなことまでやる人がいるのか」と思いつつ、興味深い方法があれば取り入れるくらいのつもりで十分だと思う。

 やりすぎてしまった読書記録については、原田宗典『お前は世界の王様か』にサンプルがある。私が好きな本の一つ。

おまえは世界の王様か! (幻冬舎文庫)

おまえは世界の王様か! (幻冬舎文庫)

 小説家となった著者が、大学生時代に付けていた読書カードを20年ぶりくらいに読み直して悶絶し続けるエッセイ。それぞれの大作家への入門でもあり、また、各自の読書記録の付け方の参考にもなると思う。


 そういう意味で読書苦手な人向けの読書術としては、いかに効率的に本を読むかを追求した『理科系の読書術』というのもあるが、人文系の人はここから出発してもう少し発展的に頑張ってほしい気もする。

ライティングについて

大学生になってレポートを書く経験をするとなると、やり方がわからなくて困ることが多々あると思う。私の場合、教科書として『アカデミック・スキルズ』を活用させてもらっているが、それ以外でレポートの書き方本を探すと大量にあって、また絞れなくなる。

こういうのは好みによって当たりはずれがあるではあるが、もし1冊選べと言われたら、古典である『レポートの組み立て方』を推す。

レポートの組み立て方 (ちくま学芸文庫)

レポートの組み立て方 (ちくま学芸文庫)

木下是雄さんは『理科系の作文技術』も名著で、最近はまんがでわかる本も出ているので、こちらを読んでも良い。事実と意見の区別など、文章の基本が書いてある。

理科系の作文技術 (中公新書 (624))

理科系の作文技術 (中公新書 (624))

あとは『論文の教室』。作文がヘタな学生が実際に登場して、対話形式で欠点を直していくというもの。会話のノリで好き嫌いが分かれそうだが、わかりやすさでいえば、近年の論文の書き方系の本では優れているかなと思う。

新版 論文の教室 レポートから卒論まで (NHKブックス)

新版 論文の教室 レポートから卒論まで (NHKブックス)

ちょっと専門的な分野への入門書

2年生や3年生になってより専門的な勉強を始める前に、読んでおいた方がいい入門書のようなものは、分野ごとに存在する。『●●学入門』とか『●●学概論』のような本がそれである。ただこういう入門書もハードカバーの想定で結構ゴツくて、手ごわいということもあると思うので、さらに手に取りやすいものでお勧めなものをいくつか取り上げる。

井出英策・宇野重規・坂井豊貴・松沢裕作『大人のための社会科』(有斐閣、2017年)は、歴史や社会科学に関心がある人におすすめ。

言葉と文化の深い結びつき、特に言葉が現実を作っていくことについては鈴木孝夫『ことばと文化』(岩波新書、1973年)は、外国語を本格的に学習するときに役立つ考え方を教えてくれると思う。

ことばと文化 (岩波新書)

ことばと文化 (岩波新書)

新書にはすぐれた入門書が多い。

著名な学者の自伝なども、その分野を専攻しようとするときのヒントになる。私が高校から大学にかけて読んで影響を受けたのが、阿部勤也『自分のなかに歴史をよむ』だったりする。

自分のなかに歴史をよむ (ちくま文庫)

自分のなかに歴史をよむ (ちくま文庫)

ほかにも歴史学者は色々な自伝風の新書を出している。

日本近代史学事始め―一歴史家の回想 (岩波新書)

日本近代史学事始め―一歴史家の回想 (岩波新書)

日本史についてより深く知るための漫画もある。映画化された『この世界の片隅に』は未読の人はぜひ原作も読んで、日本の近代史について考えてほしいが、他にも日本の近代を舞台にした漫画作品もたくさんある。明治時代を扱った『王道の狗』とか。夏目漱石をめぐる人物群像を描く『坊ちゃんの時代』とか。


日本の思想について、自分が1年生から2年生にかけて読んでいてとても影響を受けた本も何冊か。

明治の文化 (岩波現代文庫)

明治の文化 (岩波現代文庫)

たぶん私が一番最初に読んだ本は色川大吉『明治の文化』だったのではないかと思う。民衆思想という独自の立場からの記述が、タイトルから予想していた内容と少し違ったのに驚いたりしたのだが、マイナーな人物の生き生きとした造形に心惹かれるものがあった。

近代日本思想案内 (岩波文庫 (別冊14))

近代日本思想案内 (岩波文庫 (別冊14))

鹿野政直『近代日本思想案内』(岩波文庫、1999年)については、明治時代以降の日本の思想・文化の著作についてこれ以上コンパクトにまとめた本は現時点で存在しないと思う。このなかから日本の有名な作品を探ってみたい人のガイドとして活用できそうに思う。日本の思想全体であれば苅部直『日本思想史の名著30』もあわせて読みつつ、各章末の書誌事項を手掛かりに原典へとうつっていくのがよいと思う。

日本思想史の名著30 (ちくま新書)

日本思想史の名著30 (ちくま新書)


おまけ(図書館の活用術)

個人的に、本はある程度は身銭を切らないと内容は見につかないと思うが、どれがいい本でどれが悪い本か、自分の中に基準が出来上がる前にたくさん買うのが良いかどうかは、一概にいえないと思う(買って損したと思うことも重要な経験なのだが、いかんせん、新書も多角化しすぎて当たりはずれはわかりにく過ぎる)。自分に合わない本を高いお金を払って買う必要もないだろう(本を嫌いになってしまったり、いずれ手放す可能性があるからだ)。そういうときには図書館を活用して、自分に合ったものを厳選して集めていくのが良いと思う。

図書館の使い方も、有効な使い方があるのを知っているのと知らないのとでは雲泥の差が出る。大学生は、分類の0の棚に行くと図書館関連本のあまりの多さにびっくりすると思うが、使い方に慣れれば良い読書体験ができる可能性がぐっと広がる。井上真琴さんの本などを見ながら、その点も意識してほしい。

図書館に訊け! (ちくま新書)

図書館に訊け! (ちくま新書)