日本文化論を学ぶ人に勧める本のリスト

 今年、本務校の大学で、「日本文化論」という講義を担当した。授業のレポートも締め切ったので、講義中で取り上げた本、発展的に知りたい人におすすめの本、本当は取り上げたかったのだが時間的制約で断念した本、などをまとめておく。不十分なリストであるが、検討し直しのための材料としたい。15回の授業でこんなに紹介するのはシビアだったはずだが、最後まで付き合ってくれた受講生に感謝したい。

 最近、書店の棚にも色んな日本文化論本が増えている(ピンからキリまで)ので、このリストも、受講生が復習に使ってくれたり、何かの参考になるのであればありがたい。

 なお、「日本文化」についてではなく、あくまで「日本文化論」の文献リストであることをお断りしておく。

総説

 

 近年でも、日本文化論の概説書には事欠かない。そのなかのいくつかは名著とされているものもある。

 南博の調査した文献だけでも、全部読むのは大変で、授業で取り上げるのも難しいだろう。

日本人論―明治から今日まで (岩波現代文庫)

日本人論―明治から今日まで (岩波現代文庫)

日本文化論キーワード (有斐閣双書KEYWORD SERIES)

日本文化論キーワード (有斐閣双書KEYWORD SERIES)


 また、「日本文化」なんて定義のしようがないんだし、あたかもすべての日本人に妥当するかのような特徴を取り上げても実証的でないので、「日本文化論」というのは基本的にはいかがわしいものであるという意見も結構ある。

 そもそも、日本文化論が対象とする日本人の定義だって簡単ではない(例えばハーフやクォーターの場合はどうするのか、東日本と西日本の文化的な違いはどうするのか、など)。だから血液型診断のように、いちいち日本文化の特質を取り上げて過度に共感したり、真に受け過ぎるのは考えものだ…というのが、1990年代以降、国民国家批判が盛んななかで大学の人文学を一通りかじった人の間で、比較的主流派の意見になっていると思う(私はそう思うのだが、どうだろうか。)

国境の越え方―国民国家論序説 (平凡社ライブラリー)

国境の越え方―国民国家論序説 (平凡社ライブラリー)

 もちろん国民国家批判より以前から、1970年代以降に急増した日本文化論の複数の出版について、「大衆消費財」であって学問的な議論でないとバッサリ切って捨てたハルミ・ベフの本などがあった。

 近年でも『日本文化論のインチキ』などのように、ある論者が日本の特徴と言っているものは別に他の国でも普通にみられるものであるということが続々と指摘する本も出ており、「日本文化論」のもっともらしさというのは、急速に意味を失いつつあるし、「創られた伝統」に対して、懐疑的なまなざしも向けられる。

イデオロギーとしての日本文化論

イデオロギーとしての日本文化論

日本文化論のインチキ (幻冬舎新書)

日本文化論のインチキ (幻冬舎新書)

「日本の伝統」の正体

「日本の伝統」の正体

 一方で、「日本は〇〇の国」という明確な答えを求める傾向が強いのはむしろ留学生であるということが、授業をしてみて初めてしみじみわかったことでもある。それはまあ、日本の文化に興味があって日本に留学して来たのに、来た先で日本文化論なんか信じるに足らないというメッセージを私みたいな教員がしたり顔で話していたら、普通はショックを受けるか、腹が立つだろう。

 自国の文化についてステレオタイプな文化論に疑義を呈して多様性を主張している人が、「〇〇だからアメリカ人は嫌い」というようなイメージ先行で、他国に対して恐ろしく単純化した固定観念を抱く傾向は、割と根深くあるような気もする。ステレオタイプ俗流日本人論批判が、しばしば国内向けの閉じた議論に陥っていくように見えるのも、なんだか残念だなという思いも持つ。

 なぜこんなにも日本文化論や日本人論が好まれるか。という点に踏み込んだ本もある。

「日本人論」再考 (講談社学術文庫)

「日本人論」再考 (講談社学術文庫)

 個人的には、歴史的にも日本文化の特徴というのを一つには定めがたいことを見極めた上で、時代ごとに異なったタイプの日本文化論が続々と生まれてくる背景は何なのか、時代背景を踏まえつつ思想史的に捉えてみて、上手な付き合い方を考えるということを、戦後は青木保の『「日本文化論」の変容』なども紹介しながらやってみたのだが、うまくいったかどうか。

 


各論―授業で取り上げた日本文化についての本

 授業ではこんな本を取り上げた。

 明治期、急激な西洋化に反対する意味で日本文化論の嚆矢となった著作は、明治20年代の志賀重昂三宅雪嶺らの国粋保存主義の運動のなかで生み出された。明治時代にはその後、新渡戸稲造内村鑑三のようなキリスト者、あるいは岡倉天心らによって、英文で日本文化を紹介するという試みがなされる。

日本風景論 (岩波文庫)

日本風景論 (岩波文庫)

代表的日本人 (岩波文庫)

代表的日本人 (岩波文庫)

武士道 (岩波文庫 青118-1)

武士道 (岩波文庫 青118-1)

茶の本 (岩波文庫)

茶の本 (岩波文庫)

 明治末期から大正期、さらに昭和戦前にかけては和辻哲郎九鬼周造などの哲学者、谷崎潤一郎のような文学者の間で様々な日本文化が語られる。そこには西洋化によって失われてしまったものを求める、文明批評、近代批判的な要素も少なからず含まれていたといえる。

「いき」の構造 他二篇 (岩波文庫)

「いき」の構造 他二篇 (岩波文庫)

風土―人間学的考察 (岩波文庫)

風土―人間学的考察 (岩波文庫)

江戸芸術論 (岩波文庫)

江戸芸術論 (岩波文庫)

陰翳礼讃 (中公文庫)

陰翳礼讃 (中公文庫)

遠野物語・山の人生 (岩波文庫)

遠野物語・山の人生 (岩波文庫)

近代の超克 (冨山房百科文庫 23)

近代の超克 (冨山房百科文庫 23)

日本イデオロギー論 (岩波文庫 青 142-1)

日本イデオロギー論 (岩波文庫 青 142-1)

 戦後は、青木保『「日本文化論」の変容』で指摘されるように、否定的特殊性の認識、歴史的相対性の認識、肯定的特殊性の認識というように、日本の復興と経済成長の度合いに応じて、特殊性がプラスの要素に見られたり、マイナスの要素に見られたりするということが起こった。

 そして1970年代以降、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』をはじめとして、大量の日本文化論が生み出されていくことになる。

堕落論・日本文化私観 他二十二篇 (岩波文庫)

堕落論・日本文化私観 他二十二篇 (岩波文庫)

菊と刀 (講談社学術文庫)

菊と刀 (講談社学術文庫)

雑種文化 日本の小さな希望 (講談社文庫 か 16-1)

雑種文化 日本の小さな希望 (講談社文庫 か 16-1)

文明の生態史観 (中公文庫)

文明の生態史観 (中公文庫)

日本の思想 (岩波新書)

日本の思想 (岩波新書)

タテ社会の人間関係 (講談社現代新書)

タテ社会の人間関係 (講談社現代新書)

「甘え」の構造 [増補普及版]

「甘え」の構造 [増補普及版]

 1990年代以降、平成になってからは、「日本」とか「文化」の存立の根拠から問い直し、色々な先入見を相対化しようとする議論が相次いで出ている。

 70年代くらいに流行していた議論(日本の集団主義とか終身雇用とか官僚機構の優秀性とかは、今読み返すと、果たしてどのくらい今でも有効か?と首をかしげたくなるものがあるが、それは結局、「日本文化」に限らず、時代の変化から影響を被らざるを得ない文化というものの一貫性を証明するのが難しいということと、合わせて考える必要があるんだろう)

日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)

日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)

日本辺境論 (新潮新書)

日本辺境論 (新潮新書)


取り上げられなかった本

 取り上げたかったのだが、時間的制約で取り上げられなかった本もある。思いついたのでは、このあたり。

文化防衛論 (ちくま文庫)

文化防衛論 (ちくま文庫)

日本的霊性 (岩波文庫)

日本的霊性 (岩波文庫)

古寺巡礼 (岩波文庫)

古寺巡礼 (岩波文庫)

ヨーロッパ文化と日本文化 (岩波文庫)

ヨーロッパ文化と日本文化 (岩波文庫)

つくられた桂離宮神話 (講談社学術文庫)

つくられた桂離宮神話 (講談社学術文庫)

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))

「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))

また新たな切り口で説明できないか、引き続き色々考えてみたい(2018/8/6追記)。