図書館史ノートその1 メディアの発展と図書館

これからしばらく、図書館の歴史について、ノートめいたことを書いていきたい。あとで直すための下書きのようなものなので、文章の乱れや議論の粗雑さはご容赦いただきたい。

図書館の歴史を考えるにあたって、まず最初に考えておきたいのは、図書館がどのようなものを保管保存してきたのかという点だ。

これは図書館情報資源論などの課題でもあろうが、図書館が何を持っているかということを考えることは、歴史上の図書館の性格を改めて考えなおすことにもつながるだろう。

例えば・・・古代の荘厳な神殿のなかにある図書館をイメージしてみる。そこでは文字が書かれた粘土板をたくさん所蔵していたり、あるいはパピルスの束が並んでいるかもしれない。しかし現在の普通の図書館でこういったものを持っているところは稀であろう。粘土板やパピルスは、今なら博物館の資料として扱われるだろうから。

詳しく見ていけば、実は図書館資料そのものも歴史的に変遷を遂げているのである。

 

図書館とは過去に生きた人々の思想・文化(のある側面)を伝える機能を持っている。

それを伝えるのがメディアだ。メディア(media)とは何であるか。

佐藤卓己氏が紹介するのは、名詞mediumの複数形であるという点である。mediumは、油絵などでも用いるが、「(伝達・通信・表現などの)手段、媒体、機関、媒介物、中位、中間…」といった意味を持つ名詞である。

佐藤氏によれば、メディアは「出来事に意味を付与し体験を知識に変換する記号の伝達媒体*1」と定義される。 

現代メディア史 (岩波テキストブックス)

現代メディア史 (岩波テキストブックス)

昭和に活躍した中井正一(1900-1952)という美学者がいる。

この人は戦前から文化運動に関わり、戦後国立国会図書館の副館長なども務めた。

中井の美学思想を一言で説明するのは至難の業だが、彼は自然の景観のなかにだけでなく、人間の技術のなかにも美があると言った。

中井はよくクロールを引き合いに出すのだが、クロールにおける美というのは、泳ぐ人が何回も何回も練習を重ねた末に、一番楽な形で上手に泳げるようになった形なのだという。

それは、「自分の肉体が、一つのあるべき法則、一つの形式、フォーム、型を探りあてたのである。自分のあるべきほんとうの姿にめぐりあったのである」(美学入門)からこそ、美しいものだとされる。

美学入門 (中公文庫)

美学入門 (中公文庫)

図書館の副館長だった中井は、「型」の発見による美の説明を、人間の文字文化の発展にも重ねているように見える。

「図書館に生きる道」という文章で、こういう。

 その「形」は常に破られて新たになる成長する形であるが、そのときには、そのときの「のりとられる」べき形である。それを証するものは、行動にともなう「楽になること」であり、爽かなる愉悦である。

 私たちが本をあつめ、その整理をし、それが、何人の求めにも応じて、とり出せるように準備することは、すなわち図書館の活動は、その文字をつらぬいて、文字の始源である生活の「文」、すなわち形を行動をもって捉え、より高い形にまで、それを高めることを本質とするのではあるまいか。

 私たちは書架に並ぶ本を見ているとき、その文字の背後に、無限に発展し、乗り越えてきた「形」の集積、今、まさに乗り越えようとして前のめっている、崩れたら、形成しなおそうとしている、成長の生きている形の展望を感ぜずにはいられない。

 図書館の中に生きることは、この「形」の発展の形成を、生き身をもって生きることにほかならない。(「図書館に生きる道」)

中井正一評論集 (岩波文庫)

中井正一評論集 (岩波文庫)

ここでいう「形」を、メディアと置き換えてみたとき、私が図書館史の前提としてメディアの変遷を重視する意味が了解してもらえるだろうか。

人々は文字を使い、自分たちのそのときそのときの生活のために、あるいは後世の記録のために、様々なメディアに書き遺した。そのメディアは時代の中で洗練され、発展し(「形」として限界まで発展し)、技術革新によって飛躍的に変わったりもした(「形」を乗り越えた)。世界のメディアの歴史において、伝達手段の変化と技術革新の歴史は連動している。

歴史の流れを一つの矢印で表したとき、メディアの発展はどのような時代区分で整理できるだろうか。

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それを少々大げさに図示すれば、次のようになろう。

まず、真中に大きな線を引く。15世紀のことである。メディアの歴史上で最も大きな事件は何かといえば、やはり印刷技術、ことにグーテンベルクによる活版印刷技術の発明であろう。ここに、メディアの歴史は画期を迎えたのである。その前は手書きの時代、その後は活字印刷の時代、とひとまず大雑把に分けられる。前半の手書きの時代は、4世紀頃を境にしてさらに二分割できる。4世紀より前は、古くは粘土板に、そしてパピルスなどの巻子本に文字が書かれていた時代、後半は冊子体が発明され、写本によって文化が伝えられていった時代といえる。

冊子体は活版印刷発明後も続くが、活字印刷の時代は18世紀から19世紀で更に二分される。印刷機の改良により、大量印刷が可能になったのである。これは新聞雑誌など、マスメディアの拡大ももたらし、人々の意識にも少なからぬ影響を及ぼした。強いて言えば、21世紀初頭の今日にも、点線くらいで分割して、電子書籍の時代という第三の変化を見いだすことも出来ようが、この行方は、まだ誰も知らない。

矢印は次のようになろう。

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以上のような記録メディアのあり方が、図書館のあり方をも規定していくと考えられるのであるが、その話はメディアと図書館の歴史を通観した最後に、また改めて考えてみたい。

(たぶん続く)

*1佐藤卓巳『現代メディア史』(岩波書店、1998)p.3