2018年に出た本で印象深かったもの 増補

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2018年は図書館員から大学教員への転職などがあり、また近親者を見送ったり、個人的には大きな変化、別れのあった一年でした。そんななかで読んで考えさせられたもの、印象に残ったものなどをランダムに挙げていきます。お送りいただいたものでご紹介できないものもありますが、ご容赦ください…。

 

オッペケペー節と明治 (文春新書)

オッペケペー節と明治 (文春新書)

 

以前研究会などでも報告を伺っていたもの。明治時代にあって、ある時期に流行りだした歌が、 全国的にあちこちで歌われるようになっていく様を、メディア史的にどう論証できるか?という非常に興味深いテーマ。新聞史料の調査方法など、なるほどと思うテクニックも紹介されており、初学者に参考になるのではないか。永嶺氏は近刊で『リンゴの唄』にも取り組んでおられる。

「リンゴの唄」の真実 戦後初めての流行歌を追う
 

 流行歌のメディア史として。

 

知性は死なない 平成の鬱をこえて

知性は死なない 平成の鬱をこえて

 

復活の書。扱っているテーマは重く、與那覇さんと入れ替わるように大学で教えるようになった今、ここにある問題については、考えながらちっとも解決もしていないのだけれど、おかえりなさい、という気持で本書に接した。

 

教養主義のリハビリテーション (筑摩選書)

教養主義のリハビリテーション (筑摩選書)

 

大学で教えるようになって考えることが増えたのだけれど、そのなかで接した一冊。大学の勉強って、英語がちょっと苦手だからとか、歴史のうちのある時代だけ弱いからとかサプリのように足りないものを補っていけば、それでよいのかという問いかけは、わたしには刺さっていて、授業しながらよく反芻する。

 

 よい評伝と言うのは断片的な知識を持っている対象について適切な全体像を示してくれるものだと思うけれど、まさにそんな一冊。「黄禍論」演説をぶち、日本の世紀転換期の留学生たちからやたら嫌われていた皇帝が、何でそういう思想に至ったかを解きほぐしてくれている。第一次世界大戦後、あちこちで王室が廃されていくなかで、同じ時代に生きた他の元首との比較も、考えさせられた。

 

日本思想史の名著30 (ちくま新書)

日本思想史の名著30 (ちくま新書)

 

 留学生と接するようになって日本の思想・文化の全体像についてかなり意識が向くようになった。彼ら/彼女らが発するとてもステレオタイプな日本文化イメージに、思想史の研究はどう立ち向かっていけるのか?そういうときに学生に勧めたい本だと思う。

 

K-POP 新感覚のメディア (岩波新書)

K-POP 新感覚のメディア (岩波新書)

 

 春から何人もの学生と知り合って話してみてとくに印象的だったのがK-POP人気の高さだった。それで自分でも少し知りたくなって読んだ本。音楽や文化の力が反目を止めるかもしれないことを信じている著者のあとがきに少し胸打たれた。

 

 来年に向けて近代の天皇に関する本の刊行も相次いだ一年だった。

近代天皇制から象徴天皇制へ―「象徴」への道程

近代天皇制から象徴天皇制へ―「象徴」への道程

 著者のお仕事は戦後のさまざまなメディアを駆使したものが多いが、こちらは大正期からの長いスパンで思想史的に捉えようとされていて勉強になる。

 

天皇の近代―明治150年・平成30年

天皇の近代―明治150年・平成30年

  共同研究の成果として、さらに長いスパンから、江戸から天皇の近代を捉えようとしたものが本書。一つ一つの論考の密度が濃くてかんたんにまとめられないが、比較的若い書き手の人まで研究を進められていることに感銘を受けた。

 

武士の日本史 (岩波新書)

武士の日本史 (岩波新書)

武士についてその起源から説き起こすもので、近刊の桃崎氏の新書とも響きあう。

これから、武士のルーツをめぐって学会の大きな論争が起こるかも?などと予想。中世期の戦乱も相変わらず色々な研究がでているようだし。高橋氏の新書では、平氏政権や織豊期も幕府でいいんじゃないの?という指摘には、凝り固まっていた自分の発想を大いにゆさぶられた。

 

前近代の歴史について、さっきの武士の本もだったのだが、自分の常識や思い込みが覆されるような一冊に出会うことが多かった。大胆な通説の見直しが進んでいるということなのだろうが、この本もその一つ。買ったのはタイトルに惹かれたからで、とくに日本と海外との交渉を知りたいからだったのだが、帯の、なぜ日本はスペインに植民地化されなかったのか、の答えはやっぱり衝撃で、マジかよと思ったのだった。ぜひ本書を。 

日本史の関心は近年特に高いと思うのだが、それに答えうる1冊。古代から現代まで、いくつかの論点から歴史の評価を考えるもの。コンパクトにまとめるのは大変だったのではと思うものの、読み応えはとてもある。 

 

 

一発屋芸人列伝

一発屋芸人列伝

 まさにルネッサンス。文章がうまくて感服した。テレビに出てた芸人さんを捕まえて無名は失礼だろうけれども、歴史家が無名に近い人物の伝記を描き出すときにどんな挿話を集めるかということを考えたりもしながら読んだのだけれど、とにかく面白かった。

 

授業するようになって、人に本を勧めるということを、図書館員時代と違った形で考え始めた頃に読んだ本。いろんな本との出会い方はある。勧めたけどうまくいかなかった事例から多く学べるようにも思った。

 

 

 レポートの書き方を指導する授業の参考文献として。ふだんの授業では慶應の『アカデミック・スキルズ』を利用し、『レポートの組み立て方』や『論文の教室』なども併用しているのだけれどそれよりもわかりやすいかもしれないと思った。

 

「甲子園」の眺め方: 歴史としての高校野球

「甲子園」の眺め方: 歴史としての高校野球

 

執筆者のお一人、黒岩さんからいただいたもの。高校野球の歴史って史学概論の教材に結構良いのではないか?という編者のコメントが載っているが、まさに。スポーツ用品店からつながっていく「球友交際」をはじめとして、一定以上の期間雑誌などが残っていれば、歴史研究者はこのような切り口からも歴史像を結べるのだぞというお手本を見せられたような気分。植民地における中学校の野球史についても全然知らず、本当に勉強になった。

 

陸奥宗光-「日本外交の祖」の生涯 (中公新書)

陸奥宗光-「日本外交の祖」の生涯 (中公新書)

 

 後生畏るべし・・・ときっといろんな人が思ったであろう新書。手堅いしバランスも目配りも聞いている気鋭の若手研究者による希有な人物評伝。外交家だけでない、陸奥宗光という人の政治家としての多彩な側面を明らかにする。裏テーマで、陸奥の弟子である原内閣100年があったのかもしれないなとは終章を読むと思う。史料上、女性名に「子」をつけるのとつけないのは本文の記述ではどちらがよいかなどの細かい指摘に著者のお人柄(なのだろうか)がにじみ出ていて面白い。

 

五日市憲法 (岩波新書)

五日市憲法 (岩波新書)

 

 

 「明治150年」ということで、明治関連の本もたくさん出た。なんとなくそれぞれの持ち場で、お祭り騒ぎに便乗するするのではなく、研究者としての意地をかけて明治史の着実な成果を出そうという研究者が周りに多かったように思うのが、誇らしくもあり、頼もしかった(自分の手柄ではないが)。

明治史講義 【テーマ篇】 (ちくま新書)

明治史講義 【テーマ篇】 (ちくま新書)

 

昭和史講義に続く、明治史の入門書。人物編も出て、いよいよ次は大正編なのだろうか?

はじめての明治史 (ちくまプリマー新書)

はじめての明治史 (ちくまプリマー新書)

 

 明治史講義のさらなる入門書。講義形式の平易な語り口で、だけど内容は濃くという新書。意識されているのかわからないが、『それでも日本人は戦争を選んだ』とどこか響きあっている気がする。カバーデザインが「明治」の「明」だって、アマゾンへのリンクを貼って気がついた。

 

江戸東京の明治維新 (岩波新書)

江戸東京の明治維新 (岩波新書)

 

論文などを読んでいるとしばしば鳥肌が立つ史料というのに出会うのだが、本書に登場するかしくさんの儀一件の史料、凄まじくて何も言えなくなってしまった。

「健康で文化的な最低限度の生活」というドラマが流行った2018年に、明治も生きづらかったということを様々な角度から説明した新書。大学の講義を元にされているらしいが、これ以上に平易な松方デフレの説明は寡聞にしてしらず、様々な文体を駆使する著者の技量に驚嘆のほかなかった。あちこちで学生に勧めまくっていた。

 

家(チベ)の歴史を書く (単行本)

家(チベ)の歴史を書く (単行本)

 

 12月に入ってからようやく読んだものだが、強く印象に残った。気鋭の社会学者が在日コリアンである家の歴史を、家族への聞き取り調査をもとに再構成したもの。社会学歴史学との方法論の違いなども序論で展開されているが、語られている内容、それを構成する目線、ときどき、整理しきれない生の会話を読者に伝えてくる文体、こんな書き方があるのかと参考になった。伯父や伯母などたくさんの親類を見送って、「もっと話を聞いておけば良かったかな」と思っていたところでもあり、自分の「家」の歴史は、歴史学の方法でならどのように書き出せるのだろうと、本書を閉じてからずっと考えている。

 

 今年、凄い本がいっぱい出たのではないでしょうか。

 

番外

自分が関わった本として …

近代日本の思想をさぐる: 研究のための15の視角

近代日本の思想をさぐる: 研究のための15の視角

 
現代思想 2018年12月号 特集=図書館の未来

現代思想 2018年12月号 特集=図書館の未来

 

 

その他、どうしても追加したかったもの

上記のエントリを書き上げた後で読んだ本で、やっぱりこれは2018年の本として書きとどめて置かねばならぬ、と思ったので追記。

 

やや黄色い熱をおびた旅人

やや黄色い熱をおびた旅人

 

超売れっ子作家だった1997年に、黄熱病のワクチンを受けながら世界の紛争地帯を歩いて取材し、出会った人たちの記録。原田氏ならではの視点と文体で綴られる、戦争のなかにいる人々の暮らし。

「戦争」はこんなにも具体的であるのに、「平和」とは何と抽象的なものだろう(p.57)

 

私は原田宗典氏の作品では「すれちがうだけ」が圧倒的に好きなのだけれど、たぶん原田さんは、自分の人生とあんまり関係ないすれ違うだけの人に流れている人生をすれちがった刹那のなかに見つめて考え続けてしまう人なのだと思う。

 

しょうがない人 (集英社文庫)

しょうがない人 (集英社文庫)

 

 

紛争地域を歩いて取材した21年前の原稿の「あとがき」に迷いながら、何かを感じてもらえたらそれでいいという著者の姿に、感銘を受ける。