日本の検閲に関する本についてまとめ

 少し前から必要があって集中的に検閲とか言論統制に関わる本を読んでいたら、友人に検閲についてわかりやすくまとめた本は無いものかと聞かれ(なにやらtwitter言論統制の歴史がちょっと話題になったようでもあり)、まとまっているもの、となるとすぐに思いつかないのだが、万全でなくても、読んだことがあるもの、知っているものをまとめておけば後日の役に立つかもしれないとふと思いついた。

 検閲というと新聞や図書などの出版物にかけられた統制がまず思いつくだろうが、例えば郵便物の検閲という問題もあり、そう話は単純でない。

 

調べ方の前提

ネットで検索すると多数見つかって絞れないので、研究者の成果公表やレファレンスブックから抽出することにする。組み合わせるのがベターなのはいうまでもない。

まず、参考文献だが、早稲田大学の20世紀メディア研究所が提供する検閲研究ウェブサイトの文献紹介のページに載っているものはかなり参考になりそう。

そのほか、出版、マスコミ、ジャーナリズム関係ということで、以下の文献目録のなかにも、検閲、言論・表現の自由、出版統制などのキーワードで引っかかるものがないか探してみると、論文は相当な数が存在していることがすぐわかる。

 以下も参照されたい。

 ふつう、印刷物の普及とほぼ同時に統制は始まるので(宮武外骨が書いた『筆禍史』増補版(1926年)のように、もっと遡って小野篁日蓮の『立正安国論』も登場するものもある)、便宜的には、江戸、明治から昭和戦前期、占領期、その後、くらいに分けて考えた方がよさそうだ。占領期の検閲研究は江藤淳が先鞭を付けて以降、たいへん層が厚いが、最近は江戸や明治以降についても新しい史料などが発掘されているといった印象。

 近代日本の思想史などでは、学問や言論を弾圧した事件としては取り上げられるが、私の不勉強故か、いわゆる講座モノや概説書などでは、制度としての言論法規が対象になることは、これまであまり多くなかったように思う。

 そんななかで、筆禍とか舌禍に対する感覚を今日と同じようなものとして捉えてはいけないと注意を促していたのは鹿野政直先生の『近代日本思想案内』だった。

近代日本思想案内 (岩波文庫 (別冊14))

近代日本思想案内 (岩波文庫 (別冊14))

例えば以下の文献を紹介している。

  • 朝日新聞社 編『明治大正史』言論篇(朝日新聞社, 昭和5)
  • 奥平康弘「検閲制度-全期」鵜飼信成 等編『講座日本近代法発達史』11巻(勁草書房, 1967) ※基本文献
  • 由井正臣 他共著『出版警察関係資料解説・総目次』(不二出版, 1983) ※出版警察報の総目次・由井先生の解説は基礎的な先行研究の一つ
  • 内務省警保局 編『出版警察概観』(竜渓書舎, 1981.1)※複製版
  • 小田切秀雄, 福岡井吉 編著『昭和書籍雑誌新聞発禁年表』増補版、上中下(明治文献資料刊行会, 1981.5)
  • 内川芳美編、解説『現代史資料 マスメディア統制』1・2(みすず書房, 1973) ※史料集

 2000年以降に出た本だと、早稲田とコロンビア大の合同シンポジウムを元にした、鈴木登美, 十重田裕一, 堀ひかり, 宗像和重 編『検閲・メディア・文学』(新曜社 2012.3)が、江戸から戦後までを対象にしている。

 論文集なのでテーマにばらつきがあるという感想はあるかもしれないが、扱っている時期の長さだけでいうと一冊ではこれ以外のものは例があまりなく、序の研究史整理も有効であると思う。

検閲・メディア・文学―江戸から戦後まで

検閲・メディア・文学―江戸から戦後まで

検閲史研究の現状、論点整理に関しては、2013年に開かれた国際シンポジウムをまとめた『Intelligence』14号の対談も参照。

  • 山本 武利. 浅岡 邦雄. 土屋 礼子. 司会「対談 検閲研究の最前線 : 戦前と戦後をつなぐ」『Intelligence』(14):2014.3. p.4-28.

最近もいろいろ単行本が出ている。

伏字の文化史―検閲・文学・出版

伏字の文化史―検閲・文学・出版

検閲と発禁: 近代日本の言論統制

検閲と発禁: 近代日本の言論統制

国家による検閲に対する関心は、高まりつつある状況にあるようにも思える。


江戸

江戸の禁書や取締については、禁じられた本についての研究がある。近年増えつつあるともいえる。

『江戸の禁書』

江戸の禁書 (歴史文化セレクション)

江戸の禁書 (歴史文化セレクション)

『江戸の発禁本』

『江戸の出版統制』


明治から昭和戦前期

文芸の取締に関する本も多い。

明治以来の文芸作品の検閲を扱った『風俗壊乱』

『明治文芸院始末記』は、明治後期文芸取締を目指した文芸院の構想の顛末をえがく。

明治文芸院始末記

明治文芸院始末記

出版史研究の第一人者である浅岡先生は「著者」という切り口から出版法規の特徴を

“著者”の出版史―権利と報酬をめぐる近代

“著者”の出版史―権利と報酬をめぐる近代

『新聞検閲制度運用論』は、一次史料を駆使し、戦前の新聞紙法体制の下での「検閲の基準」の変遷を追う。

新聞検閲制度運用論

新聞検閲制度運用論

『報道電報検閲秘史』は日露戦争の頃の検閲を

報道電報検閲秘史―丸亀郵便局の日露戦争 (朝日選書)

報道電報検閲秘史―丸亀郵便局の日露戦争 (朝日選書)

内川先生の『マス・メディア法政策史研究』は大著だが、新聞紙法改正運動や納本制度のことも。

マス・メディア法政策史研究

マス・メディア法政策史研究

『原爆と検閲』は広島・長崎に訪れたアメリカ人ジャーナリストが何を書けなかったかを、

原爆と検閲 (中公新書)

原爆と検閲 (中公新書)

『戦前日本の思想統制』は、森戸事件をきっかけにした思想取締の展開を論じる。なお、邦訳が無いが同著者にはCensorship in Imperial Japanというのがある。

発禁本の蒐集、研究家として知られる城市郎のコレクションなどは明治大学から最近目録も出た。

城市郎の発禁本人生 (別冊太陽)

城市郎の発禁本人生 (別冊太陽)


表現の自由に関しては

治安維持法小史 (岩波現代文庫)

治安維持法小史 (岩波現代文庫)

治安維持法 - なぜ政党政治は「悪法」を生んだか (中公新書)

治安維持法 - なぜ政党政治は「悪法」を生んだか (中公新書)

横浜事件のことなどについては、

覚書昭和出版弾圧小史 (1977年)

覚書昭和出版弾圧小史 (1977年)

戦前戦中を歩む―編集者として

戦前戦中を歩む―編集者として

個別の事件に関しては他にも研究蓄積が多くある。

明治から昭和戦前にかけては、近年、関係者の史料発掘が進んでいて、その成果が千代田図書館などで展示されていることも多い。

関連してこちらも。

言論統制―情報官・鈴木庫三と教育の国防国家 (中公新書)

言論統制―情報官・鈴木庫三と教育の国防国家 (中公新書)


占領期

先鞭を付けたのが江藤淳の研究

閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本 (文春文庫)

閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本 (文春文庫)

『検閲』は戦中から戦後にかけての原爆報道をめぐる色々な状況を掘り起こしている。

『占領期メディア研究』

占領期メディア史研究―自由と統制・1945年 (ポテンティア叢書)

占領期メディア史研究―自由と統制・1945年 (ポテンティア叢書)

GHQ検閲官』は、生々しい検閲の具体像を

GHQ検閲官

GHQ検閲官

GHQの検閲・諜報・宣伝工作』は出版統制だけでなく郵便検閲も含めて、占領下で行なわれたことをまとめている。

GHQの検閲・諜報・宣伝工作 (岩波現代全書)

GHQの検閲・諜報・宣伝工作 (岩波現代全書)

そのほか、プランゲ文庫を使った研究も進められている。

海外や図書館の例

『政治的検閲』は、ヨーロッパの話が中心で、著者も言語習得の理由から限定しようとしているが、事前検閲や保証金など、ヨーロッパ各国でいつ廃止になったかの一覧があって便利

図書館史のなかの検閲も

グーテンベルク聖書が禁書になった背景について

また、ハプスブルク家の検閲については以下を

検閲帝国ハプスブルク (河出ブックス)

検閲帝国ハプスブルク (河出ブックス)



まだ追加すべき本はたくさんあると思うのですが、ざっくりとしたまとめですみません。最近聞かれることが多くて、読んだことある本を中心にまとめてみました。研究がないわけでなく、むしろ大量にあるので、漏れはあるはずですが、とりあえず。

良い本あったら教えてください。