John Palfrey. BiblioTech(『ネット時代の図書館戦略』)読書メモ

 英語の勉強をしようと思っていたところ、副題の“Why Libraries Matter More Than Ever in the Age of Google”が気になり、さらにAmazon図書館情報学のベストセラーのサイトを見ていたらなんだか評判が良かったのをたまたま見て、昨年11月くらいからチマチマkindleにダウンロードして読んでいた本。密かに何人かの同僚にも勧めていた。

 今年になって邦訳が出たとの話を聞き、「仕事はやいな!」と感服しつつ、邦訳も買って、このほどようやく読み終わった。

 著者はハーバード大学の法学の先生であるが、ロースクールの図書館長をやったり、さらには米国デジタル公共図書館(DPLA)設立委員長として有名な方*1。たぶん、デジタルアーカイブの将来とかをめぐる著者の考え方へのコメントは、自分には出来ないし、ほかの方が絶対に書かれると思うので置いておいて、もっぱら図書館史に関心を持っている私でも非常に感銘を受ける部分があったので、そのあたりのことについての読書メモを書いておこうと思う。

 全体の構成は次のような形。邦訳の目次を掲げる。

はじめに

第一章  危機:最悪の事態

第二章  顧客:図書館利用法

第三章  空間:バーチャルとフィジカルの結合

第四章  プラットフォーム:図書館がクラウドを用いる意味とは

第五章  図書館のハッキング:未来をどう構築するか

第六章  ネットワーク:司書の人的ネットワーク

第七章  保存:文化保全のため競争せず連携を

第八章  教育:図書館でつながる学習者たち

第九章  法律:著作権とプライバシーが重要である理由

第十章  結論:危機に瀕しているもの

謝辞

訳者あとがき

 全体を通してとくに印象的だったのは、次の3点だった。

 一つ目は、著者の卓越したバランス感覚。例えばあなたが育った図書館での夢のような経験を引きずっているのは良いけれど、古き良き図書館に対するnostalgiaは危険だよ、とたびたび警告するのだけれども、資料のデジタル化が進展し、Googleがあるから図書館は要りません。というようなタイプの主張に対しても、くみしない。

 二つ目は、ポジティブなこと。楽天的ということではないのだが、極力、特定の誰かを腐すことなく、しぶとくメッセージを発信しようとしている。これは一面では八方美人的で、個々の議論についての掘り下げが物足りなく感じる一因にもなるのかもしれないけれど、とかく自分が属していないグループのヘンテコな何かを批判しないと自説が述べられないような、「業界」にありがちな議論の立て方を超越しているのは、素直に「凄い」と思った。

 例えば、全部の学校にiPadを!と主張する生徒との対話や、ご自身の娘さんとのやり取りなど、抽象的なところからではなくて、具体的な経験から話を始めているのも、こういう議論の立て方と関連していると想う。抽象的と云っても、繰り返し出てくる「民主主義にとっての図書館が必要だ」という著者の主張は抽象的ではないのかという話にもなりそうなのだけれど、それも、最後の方に出てくる、例えば子供が投票できる年になる前に、きちんと情報にアクセスできるように(p.256)、といった具体的なイメージと結びついているのだなと読んだ。

 三つ目は、アメリカ図書館史への強い関心と、それに裏打ちされた図書館への信頼・矜持のようなものを強く感じた。なにしろ本書はボストン公共図書館(BPL)に刻まれた“FREE TO ALL”の文字から始まってジョシュア・ベイツの思想に触れ、終りの方では21世紀のカーネギーが待望されているのだ。ところで、邦訳にselected bibliographyが無いのは残念だった。邦訳p.237では「図書館の未来について驚くほどすばらしい理論を考え出し、それを行動に移す人」として何人もの名前が挙げられているのだが、それはどんな本なのか、知りたくなる人がいてもおかしくないと思った。色々な事情があったのだろうが・・・(なにか『銃・病原菌・鉄』を思い出してしまう)。

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 著者が「司書はアーキビストとともに、われわれの社会や暮しの歴史記録を保持していくのだ」(邦訳p.16)と述べて、歴史史料を残していくことを図書館の使命としてきちんと考察しているのは、本書の大きな特色の一つのような気がする(ひんぱんにhistorical societyが出てきて驚く。)。なにより、図書館史が図書館の未来を考えるための材料を提供していて、それが議論にしっかりと組み込まれていることが、羨ましい。

 保存に関しては、合併されて自社出版物がなくなってしまった出版社にとって、大きな大学図書館などでむしろ所蔵がある――現にグーグルは図書のデジタル化を試みた時に大学図書館を利用したではないか――という指摘は、当たり前なのだが眼から鱗のようで、ごく個人的には大きな収穫だった(邦訳p.180)。図書館は出版物・出版という行為によって生み出された資料を永久に保存する機関たりうるのだ。

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 原著の参考文献で上げられているもので気になった図書館史の文献については、比較的邦訳も出ているようだ。

図説 図書館の歴史

図説 図書館の歴史

本棚の歴史

本棚の歴史

 訳に関しては、私の語学力はまあお話にならないので、誤解もありそうだが、storehouseが、文脈によってたんに倉庫と訳されたり、本や資料を収めた「宝庫」と訳されたりしているのが気になった。もちろんどっちでもよいのだろうが、図書館の役割がかつてのstorehouseからplatformへと変わっていくべきなんだ。というのが、4章あたりで展開されている本書の主張の核心的な部分の一つに思えたので、良いのかなと思った。これは、1990年代に議論されていた「電子図書館」と「場としての図書館」の議論をある意味では止揚するものであろう*2。「フィジカルな図書館とデジタルな図書館は相互依存する。それぞれがお互いをさらに効果的で価値あるものにすることができる」(邦訳p.17)というのが、本書のモチーフでもある。

 また、“ダークアーカイブ(dark archive)”について、 “陰のアーカイブ”と訳している個所がある。普段は使えないようにしていて、災害時のために別に保存しておくという説明があるので、意味は問題なく取れるのだけれど、陰のアーカイブという表現のは、まだそんなに定着している言葉でもないように思うがどうだろう。

 また、重いなあ、と思ったのはこんな箇所。邦訳だとp.138あたり。materialsを「物質」と訳しているけれど、ここは利用者重視と対比する意味で、資料重視の方がいいのかなとも思ったので英語で引用してみる(Kindleのページの示し方がいまひとつわかっていなくてすみません)

A strategy of focusing on people rather than on materials is risky and would require libraries to stop doing some valuable things that they’ve done in the past, especially those activities related to building and managing redundant collections. In any given metropolitan area or consortium of colleges, such a strategy would entail holding and caring for fewer copies of physical materials, for instance, and relying more on digital, networked configurations and materials. But there is greater risk in failing to make this change in orientation.

 利用者を重視する方針は危険で、図書館がこれまで集めていた多様な資料の蒐集ができなくなってしまうおそれもある。その結果デジタル化した資料に頼るようになると。だけれども、そのように転換しなければもっと大きなリスクが待っている…。

 本書の結論は最後に10か条にまとめられている。未来の図書館を構想する際には、ノスタルジーに浸ること無く、だけれども利用者が経験をするための場所として、フィジカルとアナログを排除してはならないとするのも、著者のバランス感覚の面目躍如という感じがして、ふむふむと思う。出版と図書館の連携についても、近年の貸出をめぐる議論を見ていると、非常に心強い提言だという風に感じる。そのほかにもいいことがたくさん書いてあるが、この辺は実際にそれぞれの方が読んでどう考えるかだろうと思うので、いちいち掲げないことにする。

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 紙と電子とどっちが大事なんだ?というときに、それはどっちも大事なのだよ。少なくともしばらくの間は。というと、なんだか中途半端な印象をもたれる向きもあるのかもしれないが、フォーマットが多様化していくなかで、たった一つのフォーマットを選択することは図書館的にあまり賢明ではないように感じてきた。徐々に電子資料が増えてはいくだろうけれど、でも自分が図書館員として仕事をしている間は、完全に紙もなくならないのではなかろうか。少なくとも今存在している紙資料の全てをデジタル化するのはおそらく無理だから。そのくらい、紙資料も数があるから。歴史史料も入れたらもっと大変だ。

 私は本書をはじめ原書はKindleでダウンロードして、その後に邦訳が出たことをしって紙で読んだ。紙で読んだらあっという間だった。その後で訳を脇に置いてKindleの方を読み直すということをしていた。そういう読み方もできる時代になった。いつまで有効かは、これも逆にわからないのだけれど、さしあたって図書館のあれこれを考える際には、電子と紙のハイブリッドな情報資源を念頭においておくことのほうが生産的に思える。一方的な立場でなく、バランスをとって、ポジティブに。そういう本が出たことを喜びつつ、本書は折に触れて参考にすることになりそうだ。

※DPLAやハーティトラストやユーロピアナの話は一切取り上げていませんが、デジタルアーカイブの話を抜きにしてプラットフォームとして図書館を再定義する話だけ抜き出しても、これからの図書館構想として凄くバランスが取れた議論だというのが、本書の凄みなのではと密かに思ったりしています。