戦前期における出版法規と納本制度(図書編)

「検閲」問題が今熱いのかどうかは知らないが、

私が出版史を意識するようになった図書館就職後以降だけ見ても、

「検閲」の本は最近結構出ている。

検閲と文学--1920年代の攻防 (河出ブックス)

検閲と文学--1920年代の攻防 (河出ブックス)

検閲・メディア・文学―江戸から戦後まで

検閲・メディア・文学―江戸から戦後まで

電子書籍元年を遠く離れて、いよいよ改めて「出版」とは何なのかが問われる時期に来ているような印象はある。

検閲と言うと戦前の出版史や思想史では重要なファクターである。

戦前期、出版に関する法令は、出版物発行前の官庁(主として内務省)への納入を定めており(検閲を目的としない現在の納本制度とは性格が異なる)とくに大日本帝国憲法発布以後は

第29条 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス

という規定があった。


納本制度の歴史については、以下の文献を参照。

春山 明哲. 納本制度の歴史像と電子出版物への接近--「納本学」のための研究ノート. 図書館研究シリーズ / 国立国会図書館関西館事業部図書館協力課 編.. (通号 34) 1997.07. 13~72 ISSN 0454-1960

また、検閲制度の歴史的概観には以下の文献が参考になる。

奥平康弘「検閲制度」(全期)、鵜飼信成 等編. 講座日本近代法発達史.. 勁草書房, 1967.所収 pp133-205

大正14年(1925)3月に、検閲の担当部署である内務省警保局が作った、『新聞紙及出版物取締法規沿革集』という法令集があって、それのなかに以下のような図がある。わかりやすかったので多少アレンジして掲げておく。

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この法規集と、出版条例が定める納本部数について、納本と納入先を見ると、

公布日法令名等法律番号等納本部数納入先
明治2年5月13日書籍准刻事務ヲ学校ニ属シ出版条例ヲ定ム 行政官5学校
明治3年2月22日書籍新刻免許事務ヲ大史ニ管轄セシム 太政官布告第117号5太政官大史
明治4年8月4日出版免許ハ自今文部省ニ請願セシム 太政官布告第393号5文部省
明治5年正月13日出版条例改正文部省無号 3文部省
明治8年9月3日出版条例更定太政官布告第135号2内務省
明治16年6月29日出版条例中改正 太政官第21号布告(内務卿連署)変更なし変更なし
明治20年12月28日出版条例勅令第76号3内務省
明治26年4月14日出版法法律第15号2内務省

という変遷を経ている。昭和9年(1934)に一部改正されているが、納本先と部数に変更はなかった。

文部省の書籍館、及びその後継である東京図書館帝国図書館には、こうしておさめられた納本資料が、内務省からの「交付」という形で届けられることになる。これは『上野図書館八十年略史』などでは、明治8年に納本事務の所管が文部省から内務省に変更になった時点から一貫してそのような措置が取られてきたことが書かれている。

しかしたとえば、

小林 昌樹. 鈴木 宏宗. 山田 敏之. 国立国会図書館にない本 : 戦前から占領期の出版物. 国立国会図書館月報.. (612):2012.3. 20-28 ISSN 0027-9153


などに厳然と書いてあるように、それでもない本が存在するのであって、それは何故なのかと言えば、色々な理由が考えられるが、時期によって「検閲」運用の方針が違っていたんじゃないかという説には説得力がある。

千代田図書館で行なわれた内務省委託本展示、及び下記の関連講演会でも、この点に触れられていた。

千代田の内務省委託本というのは、関東大震災内務省書庫が全焼したのを受けて、内務省昭和10年代から検閲に使った「正本」を東京市内の各図書館に「委託」したもの。

帝国図書館に交付されていた副本と違い、何しろ内務省警保局職員によって実際に書き込みがされたものであるから、どういう判断基準が検閲に働いていたか、詳しく見るとわかるようになっている点で貴重な資料群である(詳細は千代田図書館発行の報告書参照)。

そのあたりを図示すると、下記のようになる

出版法が公布されて以降の図である。

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帝国図書館が設置されるのは明治30年だし、時系列が無茶苦茶粗いのだが…。

ただ、どうも新聞記事などを見ていると、内務省が計画的に検閲「正本」を処理したかどうかは微妙で、昭和期に凶作に苦しむ東北農村に寄付して図書館を作ろう、とか、あるいは関東大震災前にも、文部省も検閲を始めます!という新聞記事が出ていたり、あるいは内務省が貴重な出版コレクションを一般公開して大図書館を作ろうとしているなどという構想が新聞記事に見え(その場合、帝国図書館の立場はどうなったのであろうか…)、文部省と内務省との綱引きはもう少し調べてみたい。

出版法制史としては以下の本が勉強になる。

“著者”の出版史―権利と報酬をめぐる近代

“著者”の出版史―権利と報酬をめぐる近代

また、忘れていけないこんな本も。

関東大震災後のある雑誌に、内務省警保局職員の「納本を帝国図書館に廻付する事は内務省の好意であつて帝国図書館の要求する権限に非ず*1」という談話が批判的に紹介されていたりすることも、気にかかる。

(2012/7/26追記しました)

*1:加藤万作「内務省帝国図書館」『日本及日本人』第80号(1925年9月)所収、21頁