日本史研究と文房具

ノウハウは公開してもまったく問題はない。なぜなら、大変なのは「実行する」ことだから。アイデアは「モノ」にしなければならない。設計がいる。材料がいる。

(山崎将志『残念な人の思考法』(日本経済新聞出版社、2010)p.76)

残念な人の思考法(日経プレミアシリーズ)

残念な人の思考法(日経プレミアシリーズ)

私の手の内がばれたところで大勢に影響はないわけで、引き続き作業設計を見直している。

本記事は、先日書いた

の続編として、Webサービスなどを使って収集した情報を、アウトプットにもっていくために使っているものを中心にして色々書いてみたいと思う。「Webサービスの次が何故文房具なのか」と笑われそうなのだが、私の場合、前回も示したフロー

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これの下流に行くほど、作業があからさまにアナログになる傾向がある。

とくに、うまく書き出しが決まらなくて困るときほど、凄く好きなボールペンで原稿用紙に向かい、書いたものを持って声に出して読んだりして、違和感を確認したりするので、前回お読みいただいた方には、あまり面白くないかもしれず恐縮なのだが、お許しいただきたい。

三菱鉛筆ダーマトグラフ(黄色)

 集めたものをどうするか、について。まず、読みながら傍線などを引くときにはこれを重宝している。これは「コピーとったら線が出ない」という理由で、古文書のテキスト等でも、読めなかった字の横につけておいて、練習するとと良いといって、学生時代、師匠や先輩に勧められて以来、蛍光ペンに代わるものとして使用している。減るとその分勉強した感が出るというのもよい(笑)。

 

三菱鉛筆 色鉛筆 油性ダーマトグラフ No.7600 黄 1ダース K7600.2

三菱鉛筆 色鉛筆 油性ダーマトグラフ No.7600 黄 1ダース K7600.2

モレスキン

 主に読書ノートに。ブクログを使わないことは前述したのだが、それでも何か手を動かして書いておかないと、どんどん忘れていくので備忘のため。ダーマトで線を引いて、「もしかしたら、いつか使えそうかな」と思った箇所の抜き書きなどを書いている。これを後述のB6カードに書いても良さそうなのだが、現時点でアウトプットに直結しなかったり、あるいは研究には使用しないことが明らかであるが忘れたくない心構えのような話(ビジネス系の新書で池上彰さんの本で気に入った文言とか(笑))の抜き書きなどまで書いていると、カード量が増えすぎて管理できないので、そういうものを中心に。原則一ページに一冊。また、読み終えた本にはナンバリングで番号、日付も書いている。何冊読んだかがわかるというのは端的に自己満足だが、人に自慢するものでなければ自己満足でもいいではないかと思っている。

 

京大式B6カード

マルマンのB6ルーズリーフを使うことが多いかもしれない。

いわゆる京大式B6カードについては、梅棹忠夫の『知的生産の技術』が有名だが、私は原田宗典『お前は世界の王様か!』に出てくる話が学生自分から大変好きであり、「何か一生懸命にやった証」として自己満足でもいいから残しておきたいという気持ちで使っている。

 

知的生産の技術 (岩波新書)

知的生産の技術 (岩波新書)

 

おまえは世界の王様か! (幻冬舎文庫)

おまえは世界の王様か! (幻冬舎文庫)

用途としては、1.アイデア(論点)、2.人物履歴・辞典抜書、3.原稿構成メモ、4.史料抜書の4つに落ち着いており、これを並べ替えてレジュメや論文の流れを作っている。

記入にあたって決めていることは、多く書きすぎないことなのだが、その目安を具体的にいうと、「1枚を脚注1個分とする」という点においている。

史料抜書は最近、糊でも

コクヨ ドットライナーのように、非常に使いやすい形のものが出てきた(液状糊で発生する反り返りや皺が発生しない)ので、縮小コピーした史料などをこのカード一枚に収めれるようになった。人物履歴の場合、これで顔も入れられるという寸法である*1

コクヨ テープのり ドットライナー ロング タ-DM4400-10N

コクヨ テープのり ドットライナー ロング タ-DM4400-10N

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なお、図書館や文書館等に調査に行ったときに、複写手続きが面倒そうと思うものについては、

ポメラで使いたいと思う部分をその場でテキスト入力してしまうことも最近増えた。

異体字が使用できないのがつらいが、それでも手書きよりはマシなこともあるので、贅沢はいえない。必要に応じて、カードに印刷しなおして、これでファイル管理もする。

キングジム デジタルメモ ポメラ DM20  プレミアムシルバー

キングジム デジタルメモ ポメラ DM20 プレミアムシルバー

大学ノート

要するにB6カードに書ききれないものがあった場合の記録帳。あるテーマを追いかけるにあたっての調査項目、ブレインストーミングをしてちょっと大きな図を書きたいとき、その他論文の目次の構成を立てたりするときに使っている。


 さて、どういう文房具が使えるかの説明ついでに、出力の形式、要するにどういうものを書こうとしているかについて、整理しておいた方がよいだろう。図書館に入ってから気がついたのだが、日本史の論文形式というのは、他分野から図書館に来た人に言わせると若干異様な形式に見えるらしい。抜刷を渡した際、「いや日本史の書き方がわからなかったのでこういうものなのだと思った」とか「日本史は変わってますね」と結構な頻度で指摘されたことなどを踏まえて、私なりにまとめておくと、

  1. キーワードやアブストラクトは無いことが多い(雑誌記事索引やCiniiの利用が普通になってきたので、主観的な印象であるが、増えてはきている)。
  2. 通常、縦書きである。したがって引用文献の巻号表記、ページ数表記にもアラビア数字ではなく漢数字が用いられる。
  3. 通常、日本語で書かれている。
  4. 引用が多い。
  5. 典拠については比較的詳細な情報が求められ、脚注に典拠を入れる場合が多い。
  6. 著者情報に関しては、所属機関ではなくむしろ現住所を求められる場合がある。
  7. 基本的に共著者がいない。
  8. 被引用回数を数値化して掲載媒体のインパクトファクターを出すという慣習が存在しない。したがって被引用回数は直接的には、その論文の価値評価に影響しない。
  9. 学界内に認知されていない新出史料の紹介、及びその翻刻が業績として評価される。
  10. 脚注の書き方が図書館で取り上げがちなフォーマットと異なる。

この特性は、たとえば8のように、日本史論文のOA化、学術情報流通を考える上でちょっと考えさせられる論点もあるように思う。6と7については、妙な言い方だが、著者が所属している大学や研究機関の肩書がどうのというよりも、個人として歴史に向き合う、という面が重要と考えられているということのように、私には思える。

何巻だったか忘れたが、たしか『MASTERキートン』に、大学非常勤講師職でないと論文が発表できませんからね、というキートンの台詞があったが、一人で発掘ができない考古学と、逆に郷土史で、その地域に住んでいて研究している人の方が圧倒的にアドバンテージを持つ日本史とで、この辺は趣が大に異なるところで、もしかすると同一水準で論じられない点かもしれず、なんともいえない。

MASTERキートン 1 完全版 (ビッグコミックススペシャル)

MASTERキートン 1 完全版 (ビッグコミックススペシャル)

9は考え方によっては理科系でも理学系のデータ分析や、フィールド系でも未調査地域のデータ提供と似たようなものだといいうるかもしれない。10は、補足すると、「SIST08*2 」のように、論文の掲載ページ数を開始頁から終了頁まで明示する(pp.●-●)やり方は、可能な限りその論文なり史料の「どこに書いてあるのか」まで示す不文律と合致しない。そのためか、単行書でなく雑誌記事の場合でも「所収、●頁」の形式が用いられることが多いように思う。

 いや、言い訳はともかく、私はそもそも文房具が好きなのだ、と思う。もともと高校時代に油絵をやっていたせいか、ほぼ無条件に画材屋の雰囲気が好きであるし、事務用品もなんだか好きであるし、かなりの要件をメールで済ますようになった現在、それほど大量に使うのか自問自答しながらつい「くすっ」とできる一筆線があると購入してしまう。内心馬鹿だと思いつつ、自分の名前の銘が入った原稿用紙にいまだに憧れがある、等々。以前は有楽町沿線に勤めていたので、帰りに銀座に行って無意味に伊東屋を徘徊するのが無上の楽しみであった。

 もしお勧めの文房具があったら教えていただけると幸いである。

*1ドットライナーを知ったのは、ほぼ日刊イトイ新聞こちらの記事だった。「コクヨ凄い」と本気で思ったのを今でも覚えている。

*2:学術論文の構成要素とその記載要領について著者及び学術雑誌の編集者に指針を与えるもの、として科学技術振興機構が定めた基準。詳細はこちらを。義務ではなく推奨という位置づけになっている。それによれば、論文の構成要素は,以下の要素によるとされる。◎ 標題、◎ 著者名、◎ 著者の所属機関名等、◎ 抄録、△ キーワード及び分類、◎ 本文(図・表を含む)、○ 注、○ 謝辞、◎ 参照文献、△ 付録、△ 照会先情報、△ 電子的補助資料(記号のうち、◎:必須要素,○:準必須要素(記載すべき内容があれば必須),△:任意要素)。