日本史研究とWebサービス

 ええと・・・。

 あからさまに「らしくない」、そんな大仰な題をつけたので慌てて弁解しておきたいのだが、今回の題は、私が日頃使っているWebサービスを、もう少し効率的に動かしたいというモチベーションによるもので、要は、手元のカードを切ってみて、「ああこりゃ駄目だわ」とか、「こうしたらいいんじゃないか」とか色々ご意見をいただけるような話題を書いてみたいと思っている。

 図書館に身を置いていると、色々便利そうなWebサービスの情報が耳に入ってくるものの、一般に紹介される事例は理系ベースのものが多い印象をうける。そこで、具体的には、自分が日本史の研究論文を書いたり資料を集めたりする過程で、使えそうなものをまとめたいなあと考えたことによる。

 Webサービスは、一般に「インターネットの標準技術を応用し、他のウェブサイトのソフトウエアシステムを呼び出して利用する仕組み。また、その仕組みによって提供されるサービスのこと」(大辞泉)とされるが、以下では非常にざっくりWeb上で動作するサービスくらいの意味で用いることにする。


本記事の問題意識について

 日本史(とくに近代史)を研究するにあたっては、私が学生時代だった頃には、東京大学加藤陽子先生のページにある「日本近代史研究のABC」が非常に参考になったのだが、最近あまり更新されていないようである。辞典類についても、『国史大辞典』がデジタル化する以前の情報であり、取り上げられている国立国会図書館のサービスにしても、今ではだいぶ趣が変わっている。

それでも、日本人は「戦争」を選んだ

それでも、日本人は「戦争」を選んだ

 吉川弘文館の『日本歴史』では、2010年の1月、日本史研究とデータベースと題して特集を組んだことがあった。私がわかる近代関係に限って言うと、近代デジタルライブラリーや読売新聞、アジア歴史資料センターなどの活用術が紹介されていた。とても勉強になったのだが、他方で、以前、本ブログの以下のエントリ

でも書いたようもやもやした感じもあり、痒いところが残ったままだったので、かねてから一度自分の使っている部分を整理する必要を感じていた。

 Webベースでの情報探索について、とくに図書館関係ではいくつも本があって、私も仕事柄以下の本は一通り読んだ。一次資料と二次資料の分け方が図書館情報学歴史学で全く意味が違うことを知ったのも*1、このときである。

 さて、いきなり否定的な話題からで恐縮なのだが、私は、Webが万能だとは思っておらず、また今研究で使いにくいなあと思っているような問題が、今後劇的に改善されていくという楽観的な見通しもあまり持っていない。改善されていくというのは、少なくとも歴史、ことに日本史研究者にとって都合のよい方向で、というほどの意味である。アナログ志向なのである。逆にそうでない、今までの研究の在り方が変わるような、学際的な方向に向けた新しい可能性はきわめて大きいとも思っている。

 

 そんな悲観的な人間が何故このようなエントリを書こうというのか?

 もしそういわれれば、答えは次のとおりである。一方でデジタル化される文化情報資源の数は年々どんどん増えており、そんなものとても典拠にできない!と、かつて確かに思われていたブログでも、優れた内容を持っているものが確かに出てきているからであり、今後増えていくことは予想がつき、それについてなんとかしなければと思っているからである。

 「俺は論文書くためには原史料しか見ないぞ!」と頑なに誓いを立てたところで、「デジタル化したんでまずはそちらを使ってください」という図書館は、嫌だがたぶん増えるだろうし、「歴史研究者の仕事を何だと思っているんだ!」といきり立ったところで、図書館では色々な学問分野の一つにしか見てもらえないし、だいたい経験上、図書館に歴史学に理解の深い人は、そもそもそれほど多くない・・・。

 それはともかくとして、電子化したからこそ可視化され「発見」されることになった史料は、近現代の場合、私が卒論を書いてからこのかた10年間だけをとってみても、新聞雑誌記事まで視野に入れると相当な数になるのであり、またおそらく私のような世代がたとえばあと30年研究が出来るとして、デジタル化された情報が少なくとも過去10年のペースを維持しながら増えていく限り、デジタル化した史料なりWebサービスを一切使わずに優れた論文を書いて評価を得ることは不可能と考えるのが、むしろ自然なのではないか。

 したがって、むしろ「使えない」と早々に見切りをつけるよりは、これからもどんどん増えて行くものなのだから、今時点で使えるものは使えるようにしておいたほうがよい。というのが、私の関心である。

ワークフローについて

日本史の研究のどの部分でWebサービスが使えるか、について、まず研究の進め方を確認しておくほうがよいだろう。やり方は人によって様々だろうが、一般的(と思われる)研究ワークフローについては、自治体史を例にとるとわかりやすいかもしれない。私も学生時代お手伝いさせていただいてとても勉強になったし、自治体史の編集は若手研究者の修行場として位置づけられていることが結構多いからである。

資料収集→目録作成→史料集刊行→(年表作成)→通史刊行

これと並行して、発見された史料についての紹介や、聞き取り調査などの成果をまとめた研究媒体が発行されることもある。論文を書くならば資料収集の前に先行研究の収集と分析、批判が入るだろう。

そのあたりを踏まえて、私が一本論文を書くまでの理想的(理想的な、というところが重要である。普段このようにしたいと思いつつなかなかできない)な執筆過程をまとめると次のようになる。

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就職してから初めてPowerpointを触ったときに、練習のために半ばシャレで作った図だから色々とレイアウトなどがひどいのだが、ご容赦いただきたい。この図でいうと右上にあたる、史料収集関係のところで、Webサービスは色々使えると思い、Web上の情報取得を含めてまとめなおしたのが、次の図である。

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以上の工程で使っているWebサービスについて、以下どう使っているか述べたい。


使用サービスについて

RSS+twitter

 情報取得については、私がほぼ10年前から密かなモデルにし続けていた「明治史研究のための情報ブログ」というサイトがあって、現在も明治史研究情報短信の形twitterで情報発信をされている。新聞記事、blogを含むウェブサイト、イベント等へのリンクがメインである。

 自分が事務局をしている勉強会で使うtwitterでも、会のお知らせ以外に、関連の話題を提供する形で似たような仕組みができないかと考えたとき、どうしても印象が被るので、「明治史研究さんがしないことをやろう」と考えて、RSSに以下のものを登録しておくようにした。なお、RSSリーダーは、Googleリーダーを使用している。

  • 研究キーワード。Googleアラートによる登録。個人的に追いかけている人名、あるいは私の場合「図書館史」でも登録している。こうしておけば、研究対象の人物や「図書館史」に関するブログ等の更新があった場合、検索しなくても情報が入ってくるようになる。
  • NDLの雑誌記事索引。とくに定期購読していないもののRSS
  • 国立国会図書館サーチの新着書誌情報。新刊に限らないが、一日3~400タイトルくらい表示されるのでざっと目を通して、タイトルが気になったものを「はてなブックマーク」(後述)に入れている。以前はメモ帳に落とした後、適当に加工して関係者にメールマガジン形式にして配付していたのだが、ちょっと情報量が多くて持たなくなってきたところである。楽な方法があれば、twitterを使っていない同業の友人*2にも情報を届けることができてよいのだが…。その他かつてはいくつかの会社の出版情報なども定期的にチェックしていたが、余力がなくなってきたのでこれ一本になっている。
  • 歴史書懇話会に加入している出版者のHPのRSSRSS配信されていないところについては、twitterなどの代替手段も利用。地方出版・少部数の版元を扱っている地方・小出版流通センターのサイトもチェックできれば完璧!と思うものの、そこまで至っていない。
  • 研究者・図書館員のblog。とくに参考にしているblogはRSSにも登録している。私と関心領域が近く、かつブログ持ちで常時チェックする歴史研究者はそれほどいないので、もっぱら図書館関係者の情報が中心になっている。

はてなブックマーク

ソーシャルブックマーク。これは、以前京大の図書館の勉強会で「仕事に使えるかもしれない?webサービス」という非常にためになる会に出席させていただいた際、教えていただいたもので、以後気に入って飽きずにずっと重宝して使っている。自分と関心領域の似ているユーザ(基本的に友人か、twitter等でやりとりがあった人に限定しているが)をお気に入りに登録することによって、友人のブックマークもチェックでき、見落としている話題などが拾えるようになる。お気に入りにいれているユーザは図書館関係の人が多いが、日本史の人がいたらもう少し変わってくるかもしれない。津田大介さんのいう、人に注目して情報を見極める作戦である。

情報の呼吸法 (アイデアインク)

情報の呼吸法 (アイデアインク)

 とくに私個人の研究テーマに関わらないもう少し広がりをもつもの、図書館史やメディア史に関するものは、勉強会メンバーに共有できるよう、twitterでチェックと同時に配信できるようにしている。タグがつけられるのも気に入っている。RSSでチェックした論文情報に、[!あとで読む]タグをつけておいて、時間ができたときに消化するよう努力している。1か月くらいが目安だろうか。なおタグの先頭に!の記号を入れるのは、排列が読み順にソートされるので、頭に記号を付けておくと、先頭に出てくると先の勉強会で教わったため、まねしている。

 その他公開非公開の設定もできるし、私は有料版にしていないが、アップグレードすれば、未発表の研究のコア部分に関わるアイデアにかかわるブックマークだけ非公開といった使い方も可能である。

 


以上が収集と整理だとすると、アウトプット方面では以下のものを使っている。

はてなダイアリー

Blogとの機能の差異が今一つよくわかっていないのでそのままダイアリーを使っているが、ごく簡単な書誌事項とamazon楽天のサイト上の書影が入るので、blog上でもよいアクセントになり、気にいっている。

Gmail+Googleカレンダー

これもどちらかというとアウトプット関連。仕事と執筆締切に関して入れているが、業務に関しては別に職場にexcelで業務日誌兼Todoリストを作って使っているので、今一つ有効活用できている気がしない。

使っていない、使いこなせていないツール群

逆に、使おうかなと思いつつ使いこなせていないサービスも多数ある。

ブクログ

 読んだ本を管理するサービス。感想も書けるが、使っていない。使わない最大の理由は、論文及び雑誌記事、おおと思って注目した新聞記事が入れられないからだと思う。また、単行書にしても、読みながら思いついて未発表の研究上のアイデアは書きたくないという思いが加わるので(かつ、仮に書いたとしても私にしかわからないよう書いてしまうので意味が不明)、文献のメモは一律モレスキンの手帖に書く方向で統一している。

発売早々に書いたブクログ記事に、あとで書評や発表依頼が来ると、「未発表のものに限る」という条件が付いたりするので、困るということもある。

Evernote

 Webサービスというか単にアプリというべきかもしれないが、一応。メモ管理ツール。使えそうかなあと思ったがあまり活用できていない。PDFも入れられ、PCと携帯を同期できるのは嬉しいのだが、私の生活習慣上、職場で開くわけにいかず、携帯で見ることもまずないというので、自宅のデスクトップに返ってきてしまい、結局持ち歩けない。

Mendeleyなどの文献管理ツール

 文献管理ツールについてはずっと気になっている。こちらの記事を見てちょっとだけ食指が動いたのだが、今一つ使おうという気になれない。あとで読む分を管理するには良いのだろうが、直観的には、引用まで持っていきにくいな、というのが使っていない理由である。

 日本史の場合、発表媒体で横書きが希少(ゼロではない)ということがあり、年号や巻号の序数表記など漢数字などに変換しなければならないものが多いこと。文献の記述方式が、図書か、記事か、あるいは公文書かによっても若干ズレが生じるし、それをいちいち直すくらいならば、後でNDL-OPAC等を引きなおしても同じではないかという気がしてしまう。とはいえ、はてなブックマークでCiniiの論文を登録した後、後日図書館に出かけて読んでこようと思うときに、[!あとで読む]タグでソートをかけて、それを紙に出力して、という工程は多少ならず煩わしい。論文名だけで掲載巻号はタイトルに表示されないから、いちいち開いてテキストに移してという作業が必要になってしまう。



 だいたい以上なのだが、やはり書いてみると多少というか著しく非合理なところが多々あるように思える。整理も考えたいので、ご助言などいただけたら幸いである。


(2012/6/21追記

この記事を書いたら、普段いろいろ教わっているkitoneさんが、さらに上を行く充実した情報収集方法をまとめてくださいました。

はてなブックマークについて、「みんなで協力して情報収集を行うというのはライブラリアンのメンタリティと重なりあう部分が多く,はてなブックマークというのは非常に図書館的なツールだなぁと感じています.総合目録みたいなもんですかね」と述べられていますが、同感です。

*1歴史学だと、これも議論があるので完璧に定義することは難しいが、一般に事件発生当時のものを一次といい、事件発生からときを隔てて書かれたものを二次というのに対し、図書館情報学では創造的な著作はすべて一次といい、辞典類や目録などを二次という。

*2:私の周りの図書館関係者のtwitter率が異様に高いだけであって、昔から付き合いのある私の周辺の人ではtwitter利用者は限られている。