先日、某所で研修を受講したところ、修了要件として電子書籍が普及すると図書館ではどういう課題が出てくるか2000字で述べなさい、という課題を出された。電子書籍の話題は、いままでずっとスルーして来たのだけれど、しかし2010年のいわゆる「電子書籍元年」から約1年経ったのに、いまもただ無関心を貫いてもいられないのかな、と思うところがあって、一念発起して色々調べてみることにした。
電子書籍の論点
すでに、昨年のいわゆる「電子書籍元年」の間に出た電子書籍関連の本にはどのようなものがあるのか、まとめたサイトがあり、またちょっと検索しただけでも、以下のようなまとまった記事がある。
- 電子書籍に関する本一覧 (2010年1月~10月に刊行)(日本著書販促センター内の記事)
- 電子書籍で変わるか公共図書館-公共図書館を利用していますか-(ICR View)
- 図書館における電子書籍貸し出しサービスの可能性について(togetter)
それで、その後に出たものも含めて、だいたい手許に以下の本を置いて読み比べながら、あれこれ考えたことのメモが以下の文章である*1。
デジタルコンテンツをめぐる現状報告―出版コンテンツ研究会報告2009
- 作者: 出版コンテンツ研究会,岩本敏,小林弘人,佐々木隆一,加茂竜一,境真良,柳与志夫
- 出版社/メーカー: ポット出版
- 発売日: 2009/07/14
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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- 作者: 佐々木俊尚
- 出版社/メーカー: ディスカヴァー・トゥエンティワン
- 発売日: 2010/04/15
- メディア: 新書
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- 作者: 歌田明弘
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2010/10/07
- メディア: 文庫
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- 作者: 植村八潮
- 出版社/メーカー: 印刷学会出版部
- 発売日: 2010/07
- メディア: 単行本
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- 作者: 山田 順
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2011/03/17
- メディア: 新書
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ここに掲げた本を読んだ結果、正直ほとんど何も知らずに済ませて来た私にとっては、至極当たり前のことなのだが、電子書籍の推進や普及を是とか否とかいう前に、さしあたり論点が多すぎる、という感想をもった。電子書籍と図書館の課題を論ずる前に、そもそも論点を絞り込めないという残念な事態に直面したわけで、しばし途方に暮れてしまったのであった。
自分が使っている「はてなブックマーク」でも、何となくニュースソースに「電子書籍」というタグをつけているが、カテゴリとして分けた方がいいくらいの議論はとっくになされている、ということがわかった。もちろん、それではレポートは書けない。
とりあえず後で振り返って自分が考えるメモということで、そのとき思いついたことを記しておく。
- ユーザインターフェースをめぐる問題(紙/電子の優劣比較論)
- フォーマットをめぐる技術的な課題(EPUBをめぐる議論など)
- 出版のビジネスモデルをめぐる問題
- 著作権をめぐる問題(最近問題になっている自炊代行の論点を含む)
- それに関連する、法的基盤の問題(これにしばしば日米の比較文化論が唐突に接続されている印象)
- 提供コンテンツの問題
- 出版文化そのものへの影響論
読み比べたところでは、これらが相互に絡み合っていて、そこにgoogle訴訟の話が割と大きめに出てきたり、あとは著者が特に強い分野に即して業界裏話的な経験談が各書の魅力を形成してくる、という印象である。
現実と夢の落差
おそらく同世代の図書館員のなかでは、ちょっと珍しいくらい頑迷な紙派に属する私でも、電子書籍が普及したら図版がカラーで挿入出来て拡大したりもできるんですよ、とか、必要なところで音楽や映像を再生したりもできるんですよ、とか、そういう割と夢のある話を聴くのは好きだ。
従来あった歴史学や民俗学や文化人類学の研究書のモノクロ図版がこれからはカラーで拡大できる、とか、村々の祭り囃子が論証の要の部分で再生できるようになるんですよ、とか言われるなら、ああ、それは割とアリなんじゃないか、とは思う。
思うのだが、やはり最近の電子書籍の話題はそういう風にめでたいことばかり言っておらず、むしろ出版社側が「これ以上いかに損失を防ぐか」という守りの姿勢をかなりハッキリ出していることが気になる。
今年に入ってから、とりわけ学術出版系の初刷の減少が顕著だと小耳にはさんだ。私が学生の頃の研究書の相場が高すぎたのかもしれないが、こんなに安くして元が取れるのか、と不安になる価格設定をしている本はざらにある。その分が大学などから出ている出版助成で補われるにしても、安くしたからってそんなに売れるか?という気持はちょっとある。もちろん、毎月書籍代に泣かされ続けている一消費者としては歓迎すべき事態なのだけれど・・・。
そのような学術情報流通の環境下で、例えば挿入図版を400%くらいまで拡大しても閲読に耐える質を担保しつつ、ところどころに音楽と映像も入れるような形で作って、なおかつ読みやすいテキストで、などと言っていたらどう考えても採算性がない、という感じなのかもしれないという気はする。まして、共同研究が普通の理科系に比べて、単著論文が基本という人文系の慣行からすれば、そういうマルチメディアな研究書の原稿を「一人で」作れる人が続々出てくる状況は現時点ではちょっと想像しがたい、という問題もなくはない。
割と素朴な疑問
また、どこで買うか、という入口の部分の議論は、上記の本のなかではそれほど見られなかったのだが、論点としては存外無視できないのではなかろうかと思った。
最近、SonyのReaderが気になっていて、店頭で見たり、あるいはストアでどんなものが読めるか検索をかけたりしたのだが、どうも違和感が残った。時間がないのでネットで評判記を探すと、kindleに比べて絶対的にコンテンツが少ない。という不満はもう常識のようですらある。
そこでハタと思ったことの一つが、図書館の蔵書検索システムのほうが、圧倒的に使いやすいという点。これは私が仕事で慣れ親しんでしまったからなのだろうか。
新書マップのような連想検索だったり、目次レベルの情報が検索に引っかかったりという機能が欲しい…と思わずにはいられない。というか、印象論なのだけれど、概して書店に置いてある在庫確認用の端末というのは、非常に使い勝手が悪い。棚を見て無かった本を探すときに、どうして五十音順のパネルでしかも前方一致で著者名か書名しか引けないのだと怒りたくなる気持をもったことは一度や二度ではない*2。もちろん、図書館の検索システムにだって課題はいっぱいあるのだろうが、さしあたり買うより借りる方の検索がしやすかったら、本は売れなくなるに決まっているではないかと私などは思ってしまう。
次いで品揃えについて。図書館の蔵書構成についても文芸書偏重だのベストセラー偏重だのと言われ続けているわけだけれど、SonyのReader Storeの品揃えを見たときのもやっとした感じは何かに似ている。具体的にこの感じには何か覚えがある…、と心に引っかかっていて、何だろうかとずっと考えていたところ、さきほど結論に達した。
キヨスクの書籍売り場の品ぞろえに印象が酷似しているのである。
ここから全然脈絡のない話へ飛んで行くのだが、90年代以降、書店の郊外化かつ大型化が進んで、街の中の本屋さんがピンチ、という話題がずいぶん出ている。何もそんなにでかくなくても、という本屋はあるにはあるのだが、手に入れたいと思ったらやはりそちらに行ってしまう*3。
ところでキヨスクの書籍売り場というのは、駅の構内にあるのだから、出かけるときに手持無沙汰だなあ、と思って寄るものである。普通それを目指して行く、ということはないだろう。その上で、暇をどう有効に使うかという点から書籍を選ぶ。娯楽本は多くなる。小説以外の文庫本があることも少ないだろう。その小説も、ミステリーか時代小説と相場は決まっている。まず浮かんでくるのは、スーツ姿の、30~50代くらいの男性像である。
- 作者: 永嶺重敏
- 出版社/メーカー: 日本エディタースクール出版部
- 発売日: 2004/04
- メディア: 単行本
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ふと思い出して、「車中読者の誕生」「「旅中無聊」の産業化」の論文が収録されているこの本を読みなおし、電車内の読書文化の誕生の話を紐解いたりもしたが、冒頭に引用された「三四郎」ですら、電車内でベーコンの論文集は読めなかったのであった。
読者はどこにいるのか?
さて。改札の前に「書店」が出ている場合はもうちょっと事情が違うかもしれないが、こうなってくると、電子書籍のストアというのは、読書愛好家の集合のなかからかなり選別された対象を相手に勝負する形になっているのではないかという気がどうしてもしてしまう。それでよいのかと。
いつでも、どこでも、という割と使い古された感のあるキャッチコピーがあるように、電子書籍は持ち運べる。持ち運べるので、なるほど新幹線に乗るときにちょっとDLして、といえば、そのモデルは当たっているのかもしれないが、出張先のホテルでも、あるいは帰ってきて自宅でも、同じことをするか、という疑問は湧いてしまう。
そうでない人に図書館をご活用いただきたい、とつい囁きたくなるところだが、個人的に、お客さんが気に行った本を見つけたときは、それが入手可能ならば、その本を帰りに買って手許に置いてもらうところまで促せるのが、図書館員の「良い仕事」だと思っているので、なんかこう、もうちょっと上手くいかないのかな、ともやもやするばかりなのである。
本を読みたい、という欲求は、広く色々な知識や情報を得たいという一種の教養的なものの残り香と、余暇を有意義に過ごしたいというレジャー的なものとの二方向性が――それは昔からあるが――この頃ではむしろ強化されているのではなかろうか。欲望、と言ってよければ、広さへの欲望の現象が郊外型大型書店の覇権、であり、レジャー的な欲望の現象が、未だ決定的なモデルを確立できずにあえいでいる電子書籍市場に注がれている、のではなかろうか。というかそれが汲み取れなかった欲望のはけ口が、下らないことでも共有しあえるSNSの隆盛を支えているとまで言ったら、言い過ぎなんだろうか。
もの凄くとりとめがないことを書いてしまって反省している。
が、その状況に対して出来ること全てが、図書館の課題でもあるのだろう。いまから、何を考えていけるかについて、とりあえず知識ゼロの段階から試験前の一夜漬け的な勉強を経てこの程度のことを思っている、というそれだけの話である。
ちなみに件のレポートに何を書いたかは断固として内緒なのである。
追記
このエントリをあげたら思いがけず大変多くの方に見ていただいたので、ちょっと戸惑ったり嬉しかったりしています。ありがとうございます。
こんな本もあるよ、ということで、取り上げられなかった本をご紹介いただきましたので、追記の形で掲げさせていただきます。私も後で読んでみたいと思います(id:tsysobaさん、ご教示ありがとうございました)。
- 作者: 津野海太郎
- 出版社/メーカー: 国書刊行会
- 発売日: 2010/11/26
- メディア: 単行本
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- 作者: 萩野正昭
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2010/11
- メディア: 単行本
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追記その2
汗顔の至り、というのはこういうときに使うべきなんでしょうね…。
なんと『マガジン航』の編集人である仲俣暁生さんから、この拙い文章にコメントを頂戴してしまいました。電子メディアと紙の本、それぞれの分野で「本と出版の未来」を考えるメディアとして記事を掲載している同サイトは、電子書籍のことを考える上で必読のメディアだと思います。
いつも読ませていただいているのに後だしの後だしで本当に申し訳ないのですが、ここにご紹介させていただきます。
マガジン航 - FOR THE FUTURE OF BOOK
(2011/10/20 19:49 さらに追記しました)
追記その3
最初にこの記事を投稿してから丸二年以上が経ちますが、電子書籍ストアの状況については、徐々に状況が変わってきたように思い、下記記事で少しだけ修正しました。あわせてご覧いただけると幸いです。
(2014/1/12 12:39さらに追記しました)