人文系必読書をめぐる議論について・その4

 まだこの話題で続ける気なのか、と自分でも思うものの、図書館の選書業務の参考になることを一切書いていなかったので、そちらの補足を。

 なんだかこれまでのエントリといきなり矛盾するようだが、大学図書館の蔵書でどの図書館も持っている本は読んだ方が良い。という発想は、一つの手段として悪くないと思っている。私が嫌なのは、それが「必読」という多分に義務的な発想と結び付いたときに発生する諸々の事象であって、マストでは無くベターだ、と言われる限りにおいては、全く反対する気にはならないのである。ただ、そうすると『国史大辞典*1』を通読しろ、みたいな冗談のような話になるかもしれないけれど。

 私自身は、大学図書館について何かが言える立場ではないものの、研究動向はどんどん細分化しているので、いわゆる講座もの・辞典類・コアジャーナルを除けば、均一化していくよりは、所属する教官が得意とする分野の蔵書が増えていって、あそこの大学はどの分野に強い、という偏差が出てくるのも案外悪くないんじゃないかと内心では思っている。資料費の問題や蔵書構築方針やILLにかかる業務負荷について勉強が乏しいので、思っているだけで主張はできないのだけれど。

 とはいえそれは一応新刊について、そう思っているだけの話でもある。

 問題はちょっと前に出た本、もしくはかなり前に出た本ではないかと思う。

 院生の頃から今にいたるまで経験することだが、不案内な分野、歴史でいえば時代について、これまでどういう研究があったのか、そこで基本となってきた本についても見当がつかない場合どうするかという問題はたしかに存在する。その場合、場当たり的泥縄式なのだけれども、私は以下の方法で研究文献を調べることにしている。

 人物の場合は、『国史大辞典』をはじめとする主要人名事典をひたすら引きまくった上で、関連資料の所在について、例えば以下の本で調べる方法がある(政治家だったらNDL近代日本政治関係人物文献目録なども当然見る)。

近現代日本人物史料情報辞典

近現代日本人物史料情報辞典

 

 また、ある程度メジャーな主題の場合は、日本史では時代ごとに東京堂からこういう事典が出ていて、研究史の整理と分野の案内が載っているのでそれを読んだ。

日本近現代史研究事典

日本近現代史研究事典

 東京堂からはやはり時代別・主題別の論文のアンソロジー集と文献一覧が載っている<展望日本歴史>のようなシリーズもあって重宝している。

思想史の発想と方法 (展望 日本歴史)

思想史の発想と方法 (展望 日本歴史)

 単行の図書である場合には、さらに以下の事典が、原則として著者本人による解題というスタンスで文献を掲載しているので、各図書の内容把握に使える。

日本史文献事典

日本史文献事典

 ここに載っている本で無いものがあれば、図書館で揃えるというのは、一つの指針になるのかなとも思っている。

 いずれも私が学生・院生時代に出たものなので、ただただとお世話になっているのだけれど、主題が曖昧な場合や、また上記の辞典刊行後の動向がわからないことにはやはり不安である。

 そこで次に、Ciniiや、NDL雑誌記事索引で検索するという、定番の作業を行なう。

 比較的最近の論文で、かつ多数ある場合には、同じテーマについて3本以上書いている著者のものをに注目して入手する。3本という数字は経験的なものだけれど、一つのテーマについて3本も書いている人がいたら、それはその人にとって思い入れがあり、かなり調べているものだろうという判断ができると思う。

 もうひとつ手がかりに使っているのは、コアジャーナルの書評欄である。書架まで行ければ、記念号か月刊誌であれば毎年末の号に一年分の目録が載っているので、それを見るし、書架まで行けなければ、さしあたり上の雑誌記事索引で雑誌名と、タイトル欄の「書評」を組み合わせておおよその見当をつける(といっても、書誌の揺れがあって、雑誌によっては書評と入れている時期と入れていない時期があるので、システム的な検索には限度があるのだが)。

 時間がなくても、必要な文献のリストアップだけでよければ、上の作業は1日か、かかっても2日程度だろうと思う。少なくともここまでくれば、たいていの主題について積極的に研究している研究者が誰であるかの検討はつくし、それを読んで内容を把握したり、さらに関連する史料を探して主題への理解を深める方が重要なので、次の段階に移ってしまってよいのではないだろうか。

 あとはその主題についてどれだけのことをするかによって違ってくると思うが、人の話題についていくためではなくて、論文を執筆するという場合ならば、関連するものは全て読むしかないのは当然だし、そこまでするなら、図書館に全て頼るのはむしろ無意味だと私は思っている。

*1吉川弘文館から発行されている国内最大の日本史辞典。全15巻。項目数は54000。日本史の学生は皆これを最初に紐解くことになっているが、あまりに皆が使うので、私の母校では図書館がしょっちゅう製本に出していた。このため、私の周辺には「俺就職したら最初のボーナスで国史買うんだ…」という類のことを本気で言っている人が複数いたし、本当にやっている人も実在した。平成22年7月にJapanKnowledgeのコンテンツに搭載されたとき、夜空ノムコウを眺めて少しだけ溜息をついた人が同世代には多分何人かいた(と思う)。