大学図書館についてものを言える立場にないくせに、選書の参考になりそうなことをなどと甚だおこがましいことを書いて少し胸がチクチクするので、図書館情報学の分野での一つの見解としてとりあえずこの本の該当箇所を読んでみた。
- 作者: 伊藤民雄,金沢みどり
- 出版社/メーカー: 学文社
- 発売日: 2006/12
- メディア: 単行本
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この176頁以下に学問分野ごとの情報特性についての記述がある。
まず文科系と理科系でいうと
- 文科系の研究情報:歴史的業績をもとにした、多元的で多義的な質・意味が問題となるような内容。複雑で範囲が広く捉えにくい。
- 理科系の研究情報:速報性・新規性・正確さなどを基本とした内容を普遍的な言語(数式)によって表現している。構造・範囲が明確。
とされていて、さらに文科系を人文科学と社会科学に分けたときに
人文系は
- 過去に遡る情報が必要
- 編年体・年表形式の記述が有効
- 最新情報も過去の情報も必須
- 関連分野も含めた広範囲な情報が求められる。
- 概説・概念も重要。書誌的・批判的情報が要求される。
- 個人を中心とした独自でユニークな情報が重要
また社会系は、
- 最新情報も過去の情報も必要
- 過去の情報は包括的探索が要求される。
- 過去の参考文献の書誌・目録・索引の蓄積情報が豊富
- 理論が歴史的な影響を多く受ける。
- 過去の記録文献を詳細に研究することが必要
という形で記述されている。
なんだかここだけ抜き出すと、理系の人から同じじゃないかと言われそうな程度に人文科学と社会科学の情報特性の質的差異が見えにくいのだけれど、社会科学分野は比較的文献目録が充実しているのに比して、人文科学系は人物に紐づく情報等が重要になるので、より探しにくい、ということになるのだろうか。
これを仮に哲学系・文学系・歴史系等々にわけたらどうなるかということは残念ながら書いていないのだが、哲学や文学と歴史を比べたときに、決定的に他分野と違う情報特性がある。その特性とは、図書館資料論の教科書にはだいたい載っていなくて、それゆえに情報サービスのなかで認識されていないんじゃないかと、図書館に勤め出して以来常々不満に思っていることでもある。さらに、少し落ち着いて考えてみると、先日来からポストしている人文系必読という括りに何故強い違和感があったのかの理由が、この点に関わっていたようにも思えて来た。そこで、以下若干そのことに触れたい。
なにかといえば資料(史料)の話である。
資料と史料の表記の違いについては、様々な見解があってややこしいのでここでは資料としておく。
以下、哲学も文学も学んだというよりは齧った程度の知識で論を進めるので、大幅な誤りがあるかもしれないことを先にお詫びしておきたいのだが、一般に歴史では、ことに時代が新しくなればなるほど、従来読み継がれてきた記録や文書を再解釈するよりも、いままで誰も見ておらず、それゆえに歴史上に新たな事実を立証する記録や文書の発見に注力する傾向が強い。
いや哲学だって手稿類の調査は重要だし、文学だって書誌学・文献学的な分析は重要であるという反論はあると思うのだが、研究に使用する素材として見た場合、情報の重要性において、手稿類や写本の物理的特性に紐づく情報が、(どこにあったか等も含めて)中核となるテクストというか文字内容の重要性と同等ないしそれ以上の価値をもつという事態は恐らくないのではなかろうか。
哲学や文学で全集が存在しない人の研究をするというのはあまり見たことがないので、恐らくマイナーな研究テーマに属するのだろうという印象があるのだが、歴史だと戦略的にはむしろ普通である。歴史で全集がある人物の研究をするとなると、先行研究の業績を超えるためには、まず全集未収録の資料を探すのが常套手段である。それが無理ならば、次に全集の内容それ自体が信頼に足るものか疑ってかかる。誤字はないか、原稿があるならばそれと同じか、等々の諸点に着目するわけである。
ということはつまり、歴史の場合、往々にして、みんなが見たものよりも、みんなが見ていないものの方が価値が高いという判断が導かれることになる。この判断は社会科学や自然科学と比べたときはもとより、哲学や文学と比べた場合でさえ、かなり大きな歴史固有の情報特性となってくるのではないか。
図書館の情報サービスに即していい直すと、そのような資料については、図書館のOPAC等で探せるものより、探せないものの方が実は重要ということになる。さらにいうと、歴史学を学ぶ人が一番に欲しいのは、先行研究や共通の教養となる文献情報ではなくて、一点しかない歴史的な資料の所在情報ということになる。
歴史的な資料については、先に挙げた『近現代日本人物史料情報事典』のようなシリーズに加えて、
- 作者: 石上英一
- 出版社/メーカー: 吉川弘文館
- 発売日: 2004/11
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に掲載されている佐々木隆先生の解説や
近現代日本を史料で読む―「大久保利通日記」から「富田メモ」まで (中公新書)
- 作者: 御厨貴
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2011/04/25
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のように、読みやすい形での解題が出されてきている。
さらには、ごく最近
- 作者: 土田宏成
- 出版社/メーカー: 吉川弘文館
- 発売日: 2011/09/06
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のシリーズ刊行も始まった(2011/9/24追記)
こうした状況はもうしばらく続くのではないかと、新刊情報を眺めていると思うので、歴史的な資料についても、検索は次第に容易になっていくのだろう。