図書館史ノートその3 文字の発明、文字の記録

 図書館に伝えられた様々な記録メディアが伝えるものの中核には「文字」の存在がある。

 文字がなかったら今と同じようなコミュニケーションは考えられないし、複雑な思想や知識を伝達することも困難であったろう。

 図書館で働いている私たちや、これから図書館員を目指そうという人たちは、文字のある世界を、当然と言えば当然だが、何かしらよいものとして捉えているのではないだろうか?しかし、少し立ち止まって文字のない世界のことも考えてみる意義はあるだろう。少し大きな話をすれば、人文学というものがよって立つ世界がどんなものなのか、反省的に振り替えることにもつながるかもしれない。

 言語があっても、文字がない社会というのは存在する。西アフリカの調査を元にした川田順造無文字社会の歴史』という本は、そのような好例を紹介してくれている。文献史学にどっぷりつかった人間からすると、一冊の歴史書もない、文字がないと歴史も伝えられないように思ってしまうが、そんなことはない。文字がない社会にも、一族の祖先から現代までの伝承が口伝えで語り継がれ、祭りの際などに再確認されていく。

無文字社会の歴史―西アフリカ・モシ族の事例を中心に (岩波現代文庫)

無文字社会の歴史―西アフリカ・モシ族の事例を中心に (岩波現代文庫)

 ホモ・サピエンスが誕生してからの歴史の方が、文字が生まれてからよりずっと長い。文字の使用はホモ・サピエンスの全体の歴史から見れば限られた時間のことに過ぎないという主張もある。「文字の文化」と異質な「声の文化」が存在するという比較論である(W.-J.オング『声の文化と文字の文化』)。声の文化では記憶が重視され、文字の文化とはおのずと異なった思考の在り方が生み出される(例えば詩でも、暗唱するために、リズミカルな常套句が多用される。)

 記録することによって人は頭の中に常に覚えておくことから解放されるが、それを堕落とする見方も、かつては存在した。有名なものだとプラトンの議論がある。彼は文字によって記憶が衰え、人は堕落するという議論を紹介した。知識のある人は真面目な目的で文字を書いたりはしないのだとまでいう。ソクラテス曰く、「言葉というのは、ひとたび書きものにされると、どんな言葉でも、それを理解する人々のところであろうと、ぜんぜん不適当な人々のところであろうとおかまいなしに、転々とめぐり歩く…あやまって取りあつかわれたり、不当にののしられたりしたときには、いつでも、父親である書いた本人のたすけを必要とする」(藤沢令夫訳『パイドロス』(1967、岩波文庫)166頁)からだそうである。かくて、不確かで、書いた本人の意図を正確に伝えられない文字を書く人は結局「慰みのためにこそそうする」(同上、168頁)と見なされる。

パイドロス (岩波文庫)

パイドロス (岩波文庫)

 このように、文字の使用は、古代ギリシャの時代になってすら、しばしば人々に警戒すらされてきたのである。

 では、最古の文字はいつ、どこで誕生したのだろうか。

 スティーヴン・ロジャー=フィッシャーは、「文字」を定義して、「意思の伝達を目的としている」「紙などの耐久性のある表面、あるいはPCモニターなどの電子機器の表面に書かれた、人工的な書記記号の集合体である」「慣習的に分節言語(有意味の音声の系統的配列)と関係のある記号、あるいは意思の伝達がなされるようなコンピュータ・プログラミング関係の記号を使っている」という三つの条件を満たすものだとしたが、初期の文字はこれらの一部しか満たさないものも多い。

 いずれにせよこれは考古学、人類学、言語学などを巻き込んだ大問題であって、今でも議論の分かれるところだが、だいたい、シュメルのウルクで登場した絵文字の派生形である楔形文字が最古のものと理解されている。シュメルの文字の発生については、メソポタミア地域で、数量や種類を表わすために用いられたと考えられる粘土製品のトークンから派生したとする説もあるが(シュマント=ベセラの「トークン仮説」などと言われる)、批判もあるようだ。交易が活発化するにつれて記録が必要になり、そこから文字が求められるようになったとはいえるようである。文字の使用開始の年代推定も含めて、今後の考古学的調査などに待つところが大きい。

シュメル―人類最古の文明 (中公新書)

シュメル―人類最古の文明 (中公新書)

 世界の各地でさまざまな文字が使用された。楔形文字が書かれたものとしてハンムラビ法典などが有名だが、これのレプリカが池袋のオリエント博物館などにあって見られるので機会があったら見てみるとよい。楔形文字と同じ頃、前3000年ごろ、エジプトではヒエログリフが使用された。これの解読の上で注目を集めたのがロゼッタ・ストーンである。また中国の黄河流域では甲骨文字(前1400年ごろ)が使用された。インドの象形文字であるインダス文字は、まだまだ解読が進んでいない。

文字の歴史 (「知の再発見」双書)

文字の歴史 (「知の再発見」双書)

 文字の歴史のなかでも一つ重要なのは、アルファベットの発明(前1500年ごろ)であろう。フェニキア文字から派生したと言われるアルファベットは、楔形文字ヒエログリフに対して文字数が少なく、学習・習得が容易であり、情報伝達の効率化などに大きく貢献した。世界の様々な文字に関する本や展示会も枚挙に暇がない。

 さて、図書館において文字を記録する資料の中心になるのは、本といえるだろう。しかし、本とは何かということを考え始めるとこれもまた厄介なことである。束になって背表紙が付いている本というのは歴史的には自明ではないし、日本の伝統的な和本には背表紙がない。冊子である必然性もあるかどうか疑わしい。電子書籍などは本なのか本でないのか。

 日本人の書物観にも二重性があるという。例えば、橋口侯之介氏によれば、学術的な、専門的な<物の本>とそれに対するエンターテイメント志向の<草紙>が対のようにあって、『源氏物語』も成立当初は物の本とはみなされず、中世以降に古典に昇格した、とされてくるのである。

和本への招待 日本人と書物の歴史 (角川選書)

和本への招待 日本人と書物の歴史 (角川選書)

 しかし、そうやっていろいろ考えていると悩みが深まるばかりなので、ここでは樺山紘一氏の定義を紹介しておこう。氏によると、「本」とは、

  • 視覚によって伝達される情報の累積
  • 社会的な情報伝達の手段
  • 情報を運搬し保存するための手段(『図説 本の歴史』pp.6-7)

として定義される。視覚によるというのは基本的には文字や図像によるものといえる。また、社会的な情報伝達の手段というのは、本は個人的なものではないということでもある。

図説 本の歴史 (ふくろうの本/世界の文化)

図説 本の歴史 (ふくろうの本/世界の文化)

 こうした性質を備えたさまざまな記録メディアについて、歴史的にどのようなものがあり、どういった特徴があったか。まずメソポタミアで出土した粘土板であろう。楔形文字はこれらに書かれた。乾燥した地域だったから、固くなり、また火によって焼き固められるので、皮肉なことだが、戦乱や火災を潜り抜けて残った。石板に文字が書かれることもあった。古代エジプトでは、パピルスが用いられた。パピルスはPaperの語源である。ナイル河畔に茂っていた草で、これを薄く切って貼り合わせたものがパピルス紙として用いられ、死者の書などの文書が生み出された*1。『モノとヒトの新史料学』という本の中では、大根やかんぴょうで代用できないか試みた方の実験結果が出てくるのだが、大根だと透明になってしまって文字が書きにくく、かんぴょうだと分厚くなってしまうので、書写にはパピルスが適しているという*2

 また、植物性のパピルスに対して、パーチメントと呼ばれる羊皮紙も使われた。これは小アジアのペルガモン王国で作られたものだが、元々エジプトからパピルスを輸入していたところが、エジプトと争いが生じ、パピルスが輸入できなくなって開発されたものだという。羊のほか、牛やヤギの皮も使われた。作成にもかなり手間がかかる。羊皮紙の作り方については、先の八木氏が主宰されている羊皮紙工房のサイトが非常に詳しく、参考になる。

 このほか、古代中国では、甲骨、竹簡・木簡が、また、古代インドでは、貝葉(貝多羅葉)が用いられた。いわゆる「紙」は、紀元後105年頃、後漢蔡倫が実用化したものとされている。箕輪成男『パピルスが伝えた文明』という本には、各メディアについて、収容力、耐久性、コスト、扱いやすさ、機械的複製のしやすさ、読みやすさについて、独自評価を試みている。例えば粘土板はほとんど文字が書けないので収容力は低いが、耐久性に優れるとか、羊皮紙は読みやすいがコストが非常にかかるとかいった具合に。結論的には紙が最強のメディアなのだということを示しているのだが、色々それぞれの長所短所を考えてみるのもおもしろい。

 本について、材料を見てきたが、形態の違いも見ておこう。エジプトなどパピルスで作られた文書は多く巻物に仕立てられた。これを巻子本(scroll, volume)という。これに対し、コデックス(codex)と呼ばれる冊子体の本が、2世紀くらいから使用されるようになり。3~4世紀ごろに確立し、巻子本にとって代わって行った。これにより、場所を取らずに保管すること、持ち運ぶこと、表紙を使って中身を保護すること、特定の場所を選んで開くこと、などなどが容易になった。

 このことは、キリスト教の普及と大いに関係があるとする説がある。福音書の必要な箇所を開くことができるから、冊子体が好まれたということらしい。実際の普及にはもっといろいろな要素を考えないといけないだろうが、ローマ帝国によるキリスト教の公認・国教化と冊子体の発展の時期が重なっていることは無視できない特徴である。国教化は必然的に大量の写しを必要としたであろうし、それを巻子本でやるのはいかにも不便だったはずだと述べる本もある(F.G.ケニオン『古代の書物』129頁以下)。

 冊子本の誕生が記録メディア史上の一つの画期だということはすでに述べたが、それは巻子本から冊子体への以降が、ヨーロッパ古代から中世社会への以降に対応しているということでもある。中世は修道院を中心に写本が作成された時代であったが、やがて、活版印刷技術の登場により、さらに次の時代へと受け継がれていくことになるのである。

*1パピルスの作り方については、どうもエジプトで日本人観光客相手に実演しているらしく、旅行者が撮ったビデオが動画サイトなどに投稿されたりしているので、機会があったら見てみると面白いかもしれない。

*2:八木健治「製作者から見る「パピルスと羊皮紙」―その製法と特徴」『モノとヒトの新史料学』(2016、勉誠出版)p.49以下